新規事業にエース人材を巻き込む制度設計——一気通貫モデルと逆選抜の構造理解
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新規事業にエース人材を巻き込む制度設計——一気通貫モデルと逆選抜の構造理解

起案から事業化まで一人が担う「一気通貫モデル」の構造的課題を逆選抜理論から分析し、エース人材が参加できる分業モデルへの転換法を提案する。

一気通貫 逆選抜 人材配置 スーパーマン待望論 分業モデル

「支援実績260社」の裏にある人材構造の設計課題

新規事業支援の業界では「一気通貫の伴走支援」が定番の売り文句になっている。0→1のアイデア創出から、検証、事業化、スケーリングまで、一人の起案者に寄り添い続ける。支援企業の数は数百社に上り、実績は華やかだ。

しかし、支援した「企業数」と「事業化件数」は全く別の指標だ。見落とされがちな設計課題は支援手法ではなく、そもそも「誰が起案者になっているか」という人材構造にある。

一気通貫モデルは、起案者に「アイデアの発案」「市場調査」「顧客開発」「プロトタイプ開発」「社内政治」「事業計画策定」「チーム組成」「事業運営」——これら全スキルを同一人物に要求する。このスーパーマン前提の制度設計が、経済学でいう「逆選抜(Adverse Selection)」を引き起こす。構造的に特定の属性の人材だけが集まってしまう現象だ。

エースが誰一人応募しなかった社内公募から見えた構造

筆者が見てきた企業の社内新規事業公募では、繰り返し同じパターンが観察される。ある大手電機メーカーでは、全社4万人を対象にアイデアを公募した。応募者は87名。この87名のプロフィールを分析すると、既存事業の主要部門——つまり営業トップ層、研究開発の中核メンバー、事業部のP&L責任者——からの応募はゼロだった。応募者の大半は、入社3年以内の若手、間接部門のスタッフ、または既存事業で評価に伸び悩んでいる中堅層だった。

なぜか。既存事業で高い成果を出しているエース人材にとって、不確実な新規事業の責任者に手を挙げることは、約束された出世コース(確実なリターン)を捨てる行為だ。機会費用が高すぎて、合理的に選択できない。逆に、既存事業でポジションを確立できていない人材にとっては、失うものが少ないため応募のハードルが低い。

結果として、一気通貫モデルの公募は「賭ける意思」ではなく「賭けられる余裕」で人材を選別してしまう。

一気通貫モデルの3つの構造的設計課題

「スーパーマン前提」の制度設計は現実的か

一気通貫モデルの前提は、「アイデアを考え、検証し、事業化し、運営する」すべてのフェーズを一人の人間がリードできるという仮定だ。しかし、ゼロからアイデアを着想する能力と、組織を動かして事業を運営する能力は、まったく異なるスキルセットだ。

スタートアップの世界でも、ビジョナリーなCEOとオペレーションに強いCOOの分業は当たり前だ。一人の社員にCEOとCOOとCTOの役割を同時に求めるのは、制度設計として再検討の余地がある。にもかかわらず、「起案者が最後まで責任を持つ」という原則が、この前提を温存している。

「3年目の壁」——参加者もアイデアも停滞する

一気通貫の公募を毎年繰り返すと、初年度は新鮮さもあり一定の応募がある。しかし2年目、3年目になると、応募数は確実に減少する。「どうせ事業化されない」という学習性無力感が組織に広がり、かつ「応募しそうな人材」の母集団が枯渇するからだ。

前述の電機メーカーでは、3年目の応募数は初年度の40%にまで落ち込んだ。事務局は「応募促進キャンペーン」を打ち、「応募者全員にアマゾンギフト券」を配布したが、量は戻っても質は戻らなかった。制度の構造を変えずに「集客」だけを増やしても、逆選抜の問題は解決しない。

エースの知見が新規事業に活かされない

最も深刻な課題は、組織内で最も市場と顧客を知っている人材——既存事業のエース層——の知見が、新規事業に一切活用されないことだ。彼らは日常業務を通じて、顧客の未充足ニーズ、業界の構造的変化、技術的な可能性と限界を肌で知っている。

しかし、「起案者が最後まで責任を持つ」モデルでは、エースは「片手間では参加できない」と判断し、一切関与しない。彼らの「現場の真実」に基づいた鋭い洞察は、新規事業の検討テーブルに永遠に上がらない。これは、組織が持つ最も価値ある知的資産が活用されていない状態だ。

「起案」と「実行」を分離する分業モデルへの転換

一気通貫を見直し、プロセスを分離することで逆選抜を解消できる。

「アイデアのみ(実行義務なし)」のエントリーを解禁する。 「このアイデアを出した人が事業化まで責任を持つ」という縛りを外し、提案だけを受け付ける枠を設ける。既存事業のエースや管理職からも「現場で感じている事業機会」が出てくる。実行義務がなければ、機会費用の壁が消える。

有望なアイデアには事務局が「実行チーム」をアサインする。 出てきたアイデアのうち有望なものに対して、社内外から最適な実行メンバーをスカウトしてチームを組む。「誰が言ったか」ではなく「何が有望か」でリソースを配分する。

エース層の参加インセンティブを設計する。 アイデアが採用された場合の報奨金、または「アイデアアドバイザー」として月数時間だけ関与する制度——既存事業を離れずに知見を提供できる仕組みを作ればいい。

「応募者の質が変わらない」と感じている人へ

この記事が役立つのは、以下の状況にある人だ。

社内ビジネスコンテストの応募数が年々減り、アイデアの質も落ちていると感じている事務局担当者。 問題は「広報」ではなく「制度設計」にある。一気通貫モデルの逆選抜構造を認識することが、再設計の出発点になる。

「エース人材が新規事業に手を挙げない」と頭を抱えている経営層。 エースが参加しないのは意欲の問題ではない。機会費用の合理的計算の結果だ。参加のハードルを下げる制度設計が必要になる。

外部の伴走支援を導入したが、起案者の質に課題を感じている事業開発部門。 支援の質を上げる前に、支援対象の母集団の質を上げる構造が先決だ。すでに「起案」と「実行」を分離し、エース層のアイデアを制度的に取り込んでいる組織には、この課題は緩和されている。

まず「アイデアだけ出してOK」の枠を1つ作ろう

次回の社内公募で、「アイデアのみ提出(実行義務なし)」のカテゴリを一つだけ追加してみてほしい。A4一枚で提出でき、実名でも匿名でもよい形式にする。既存事業のエースから「実はずっと気になっていたこと」が出てくる。その一件が、従来の公募では決して出てこなかった事業の種になる。INNOVATION VOYAGEの「実践フレームワーク」カテゴリでは、人材構造以外にも不確実性の中で事業を前に進める方法論を解説している。制度設計の全体像を把握するために合わせて読んでほしい。


関連するインサイト

イノベーションの構造的理解については「イノベーションを構造から理解する――定義・失敗の原因・成功の条件を徹底解説」で体系的に解説している。


参考文献

  • George A. Akerlof, “The Market for ‘Lemons’: Quality Uncertainty and the Market Mechanism,” The Quarterly Journal of Economics, Vol.84, No.3 (1970)
  • Martin E. P. Seligman, Helplessness: On Depression, Development, and Death, W.H. Freeman (1975)
  • 入山章栄『世界標準の経営理論』ダイヤモンド社(2019年)

INNOVATION VOYAGE 編集部

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