CVC「戦略リターン」という幻想——財務リターンも戦略リターンも出ない構造的理由
原則

CVC「戦略リターン」という幻想——財務リターンも戦略リターンも出ない構造的理由

日本企業のCVC(コーポレート・ベンチャーキャピタル)が掲げる「戦略リターン」は、測定不能なまま放置されている。財務と戦略の二兎を追い、両方を逃す構造を分析する。

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「戦略リターンを重視しています」——その戦略リターン、測れていますか

日本企業のCVC(コーポレート・ベンチャーキャピタル)設立が相次いでいる。2023年時点で国内CVCの数は200を超え、累計投資額は1兆円規模に達したとされる。設立時に掲げるのは「財務リターンだけでなく戦略リターンを重視する」という方針が大半だ。

構造的に見ると、 この「戦略リターン重視」という宣言自体が、CVCを機能不全に陥れる最大の原因 になっている。理由は単純だ。戦略リターンには普遍的な測定基準が存在しない。財務リターンならIRRやMOICで測れる。では「戦略リターン」とは何か。技術の獲得か、市場の学習か、人材の確保か。定義すら組織内で合意されていないケースが大半だ。

測れないものは管理できない。管理できないものは改善しようがない。

CVCは財務リターンでも戦略リターンでも評価されず、「なんとなく未来に投資している」という曖昧な存在 に堕ちる。

50億円の投資、シナジーはゼロ件だった

ある大手メーカーのCVCは、設立5年で累計50億円を15社に投資した。設立時の目標は「自社技術との融合による新規事業の創出」。投資先の選定も、自社事業との親和性を最重要基準とした。

5年後の結果はこうだ。財務リターンはマイナス12%。15社のうち2社は清算、3社は追加投資を断念、残り10社は存続しているが大きな成長は見られない。

そして肝心のシナジー案件——投資先と本業の間で具体的な事業連携が実現したケースはゼロ だった。なぜゼロなのか。投資担当チームと事業部門の間に、協業を推進する仕組みが存在しなかったからだ。投資先との定例ミーティングはCVCチームが行うが、事業部門にとって投資先は「よく知らない外部企業」にすぎない。「シナジーを出してほしい」と言われても、事業部門には投資先と協業するインセンティブがない。

構造問題1:「戦略リターン」の定義が存在しない

CVCの最大の構造問題は、 戦略リターンの定義と測定基準が設立時に設計されていない 点にある。

「戦略リターン」という言葉は便利だ。経営会議で「財務リターンだけを追うのではなく、戦略的な意義がある投資を行う」と説明すれば、たいてい承認される。だが「戦略的な意義」とは何か、具体的に何をどう測定するかを明文化している企業は少ない。

この曖昧さは、投資判断にも悪影響を及ぼす。戦略的に重要だから投資する、と説明すれば財務的に微妙な案件も通る。

「戦略リターン」が、甘い投資判断の免罪符として機能してしまう。

処方箋:戦略リターンを定量化する

設立時に「戦略リターン」を3つ以下の具体的KPIに分解する。たとえば「投資先との共同開発プロジェクト数」「投資先技術の自社プロダクトへの組み込み件数」「投資先経由で獲得した顧客数」。測定可能な指標に落とし込めないものは、戦略リターンではなく願望だ。

構造問題2:投資チームと事業部門の断絶

CVCの投資チームは、案件の発掘・審査・投資実行には長けている。だが彼らに事業部門との協業を推進する権限と手段はない。 「投資する人」と「シナジーを出す人」が別の組織にいる 限り、戦略リターンは構造的に生まれない。

事業部門の立場で考えてみよう。本業のKPIに追われている中で、CVCが投資した知名度の低いスタートアップとの協業に時間を割く理由はない。協業が成功しても自分の評価には反映されず、失敗すれば「本業に集中すべきだった」と批判される。

合理的に考えれば、事業部門が協業を避けるのは当然 だ。

処方箋:シナジー推進の専任チームを設置する

投資チームとは別に、投資先と事業部門の橋渡しを専任で行うチームを設ける。このチームのKPIを「シナジー案件数」に設定し、事業部門の協力を引き出すためのインセンティブ設計も同時に行う。投資と協業は異なるスキルセットを要する。1つのチームに両方を期待するのは設計ミスだ。

構造問題3:独立系VCとの競争で構造的に不利

CVCは独立系VCと同じ案件を争って投資する。だが競争条件は対等ではない。 意思決定のスピード、投資条件の柔軟性、投資後の支援体制——いずれもCVCは独立系VCに劣後する。

独立系VCのパートナーは自分の判断で投資を決められる。CVCは社内の投資委員会を経由する。独立系VCは投資先の成長のみにコミットする。CVCは本業とのシナジーという追加要件を投資先に課す。

有望なスタートアップから見れば、CVCから資金を受けるメリットは「大企業のアセットにアクセスできること」だけだ。だが前述の通り、そのアセットへのアクセスは構造的に実現しにくい。

結果、 優良案件は独立系VCに流れ、CVCには「独立系VCが投資しなかった案件」が回ってくる という逆選択が起きる。

処方箋:CVCならではの価値を明確にする

独立系VCの模倣をやめる。CVCが提供できる固有の価値——自社の顧客基盤、技術インフラ、販売チャネル、業界知見——を明確にし、それを投資先に確実に提供する仕組みを先に構築する。仕組みがないまま「シナジーを出します」と約束するのは、約束の不履行を前提とした契約だ。

CVCの存在意義を問い直す5つの質問

自社のCVCが構造的に機能しているかどうかを診断するために、以下の5つを自問してほしい。

1. 戦略リターンのKPIを3つ言えるか。 言えなければ、戦略リターンは測定されていない。

2. 過去2年で投資先と事業部門の協業が何件実現したか。 ゼロであれば、シナジー推進の仕組みが不在だ。

3. 投資の意思決定に何日かかるか。 30日を超えていれば、有望案件を逃している可能性が高い。

4. 投資先から見た自社CVCの評判を把握しているか。 投資先が「シナジーの約束が守られなかった」と感じていれば、次の有望案件の獲得は困難になる。

5. 独立系VCとの差別化ポイントを一文で説明できるか。 できなければ、CVCを運営する意味自体を再考すべきだ。

CVCの幻想を壊せる人、壊すべき人

この分析が最も響くのは、 「このままでいいのか」と疑問を感じているCVC運営の投資担当者 だ。戦略リターンが出ない原因は自分の投資判断の甘さではなく、組織設計の問題だ——この認識が、次のアクションを変える。

CVCの設立を検討している経営企画部門の担当者 にとっては、設立前に読むべき記事だ。「戦略リターン」を掲げる前に、それを実現する組織構造を先に設計しなければ、50億円が消えるだけになる。

まず「シナジー実績」を棚卸しする

CVCの改善は現状認識から始まる。今週中に、過去の全投資案件について「事業部門との具体的な協業実績」の有無を一覧にしてほしい。協業実績がある案件は何がうまくいったのか。ない案件はなぜ協業が発生しなかったのか。この棚卸しが、CVCの構造的な課題を浮き彫りにする。

オープンイノベーション全般の構造問題は「オープンイノベーションという名のシアター」で分析している。新規事業の組織設計については「組織の免疫システムがイノベーションを排除する構造」を参照してほしい。


関連するインサイト


参考文献

  • 一般財団法人ベンチャーエンタープライズセンター「ベンチャー白書」各年版
  • Paul Gompers & Josh Lerner, The Venture Capital Cycle, 2nd ed., MIT Press (2004)
  • Henry Chesbrough, “Making Sense of Corporate Venture Capital,” Harvard Business Review (2002)

INNOVATION VOYAGE 編集部

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