デザイン経営とBTCモデルの正しい活用法——「0→1」と「1→10」を使い分ける設計
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デザイン経営とBTCモデルの正しい活用法——「0→1」と「1→10」を使い分ける設計

デザイン思考やBTCモデルが「1→10」で最強の力を発揮する一方、「0→1」の破壊的創造には別のアプローチが必要な構造的理由を、意味のイノベーション理論から分析する。

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「美しいMVP」が量産される時代に問い直すべきこと

2018年に経済産業省・特許庁が公表した「デザイン経営」宣言以降、多くの日本企業がデザインを経営の中核に据えようとしている。CDO(Chief Design Officer)を設置し、BTC(Business-Technology-Creative)モデルを導入し、UI/UXデザイナーを新規事業チームに配属する。その結果、確かに「見栄えの良いMVP」や「美しいコンセプトビデオ」は増えた。

ところが、肝心の「稼ぐ事業」が生まれにくい。デザインファームやブランディング会社が主導する新規事業プロジェクトの多くは、審査会でのプレゼンテーションは絶賛されるが、市場に出した途端に反応が薄い。

この現象には構造的な理由がある。デザイン思考は「1→10(既存の価値の磨き込み)」には世界最強のアプローチだが、「0→1(存在しない市場の創出)」には別の設計が必要だ。この使い分けを理解することが、デザイン経営の成果を最大化する鍵になる。

ユーザーリサーチ100件から学んだ「共感」の適用範囲

筆者が関わったある消費財メーカーの新規事業プロジェクトでは、デザインファームが主導して100件以上のユーザーリサーチを実施した。エスノグラフィー調査、デプスインタビュー、共感マップの作成。半年間で可視化された「顧客の声」は膨大だった。チームはその中から最も共感できるペインポイントを選び、美しいUIを持つプロトタイプを開発した。ユーザーテストの評価も上々だった。

しかし、実際にプライシング調査を行ったところ、想定顧客の支払意思額はプロダクトの原価を下回った。「あったら嬉しいが、金を払ってまでは要らない」——これが市場の答えだった。

100件のリサーチで発見されたのは「顧客が言語化できる不満」であり、それは既存プレイヤーがすでに対応している領域だった。顧客自身が気づいていない「新しい意味」は、共感からは生まれなかったのだ。この経験が、デザイン思考の適用範囲を正しく認識する重要な転機になった。

デザイン経営を「0→1」で活かすために知るべき3つの構造的特性

「共感」の起点は局所最適に向かいやすい

デザイン思考のプロセスは「共感(Empathy)」から始まる。ユーザーの声を聞き、行動を観察し、潜在的なニーズを発見する。ユーザーが現在のパラダイムの中で抱えている不満——「今いる山の中での課題」——を発見するには極めて有効だ。しかし、ユーザーは「今いる山の外にある、もっと高い山」の存在を教えてくれない。

ロベルト・ベルガンティ教授が指摘するように、真のイノベーションは顧客の「声」からではなく、イノベーター自身の「ビジョン」から生まれる。任天堂Wiiは「もっと綺麗なグラフィック」を求めるコアゲーマーの声を無視し、「家族全員がリビングで体を動かす」という新しい「意味」を提案したからこそ成功した。

「ユーザー体験優先」とビジネスの両立が求められる

デザイン経営やBTCモデルが強調する「優しさ」「あり方(Being)」「パーパス」は、企業文化として重要な要素だ。しかし、これらへの過度な傾倒は、事業に不可欠な収益設計を後回しにするリスクがある。

新規事業の初期段階で最も重要な問いは「顧客はこの体験に感動するか」だけでなく「顧客はこれに金を払うか」でもある。ピーター・ティールが指摘するように、ビル・ゲイツもスティーブ・ジョブズも初日から「市場をどう支配するか」を考えていた。

「まずは共感。ビジネスモデルの話は後で」と進めるアプローチは、美しいコンセプトを生む代わりに、収益モデルの構築を先送りにしがちである。ユーザー体験とビジネスモデルを同時に設計する仕組みが必要だ。

エンジニアリングとの同時並行がスケールを左右する

BTCモデルの「C(Creative)」が主導権を握ると、技術的実現性やスケーラビリティの検証が後回しにされる傾向がある。デザイン先行で「理想の体験」を設計し、それを実装する段階になって初めて、「この体験を数百万ユーザーに提供するインフラ設計は根本的に異なる」「このUIを実現するバックエンドの複雑さはプロトタイプの10倍になる」という現実に直面する。

デザインの美しさと技術的な堅牢さは、初期段階から同時に設計されるべきものだ。デザインが先行し、技術が後追いする構造は、スケールの段階で致命的な技術的負債を抱えることになる。

「共感」の先にある「意味のデザイン」を組み合わせる

デザインの力を否定する必要はない。使いどころを正しく配置すれば、デザイン経営の効果は最大化する。

「共感」の前に「ビジョン」を置く。 顧客に「何が不満か」を聞く前に、「この業界の常識がすべて覆ったら、どんな世界が到来するか」を問う。ユーザーの現在の文脈を超えた「新しい意味」の起点は、共感ではなくビジョンにある。

デザイナーとエンジニアを初日から同席させる。 「理想の体験」と「技術的に実装可能な体験」を最初から同時に検討することで、スケール時の技術的負債を最小化する。BとTとCは「順番に」ではなく「同時に」回すべきだ。

「課金テスト」をデザインプロセスの初期に組み込む。 プロトタイプの段階で「お金を払ってでも使いたいか」をテストする。共感マップでは分からない「支払意思」という最も重要なシグナルを、早期に取得する。

「デザインの力を事業成果に直結させたい」人

この問題意識が有用なのは、以下の状況にある人だ。

デザイン思考を導入した新規事業プロジェクトで、ユーザーテストは好評なのに事業化に至らない担当者。 「共感」から始まるプロセスの適用範囲を認識し、ビジョン起点のアプローチとの組み合わせを検討する契機になる。

CDOやデザイン部門の責任者として、デザイン経営の実効性を高めたい管理職。 デザインの役割を「0→1」と「1→10」で使い分けることで、組織内でのデザインの価値が明確になる。

BTC体制を構築したが、エンジニアリングとデザインの統合がうまくいかないプロジェクトリーダー。 BTCを「順番」ではなく「同時並行」で回す運営設計が必要だと認識する出発点になる。すでに意味のイノベーションやビジョンドリブンのアプローチを実践している組織には、この問題提起は該当しない。

次のリサーチの前に「ビジョン」を一行書いてみよ

次にユーザーリサーチを企画する前に、まず「我々が創りたい世界」を一行で書いてみてほしい。その一行が、リサーチの問いを根本から変える。「顧客の不満は何か」ではなく「我々のビジョンに共鳴する顧客はどこにいるか」——この問いの転換が、デザイン思考の適用範囲を正しく拡張する第一歩だ。INNOVATION VOYAGEの「手法と理論」カテゴリでは、デザイン思考以外にもイノベーション業界の主要手法を客観的に検証している。自社のアプローチを多角的に見直すために合わせて読んでほしい。


関連するインサイト

イノベーションの構造的理解については「イノベーションを構造から理解する――定義・失敗の原因・成功の条件を徹底解説」で体系的に解説している。


参考文献

  • 経済産業省・特許庁「『デザイン経営』宣言」(2018年)
  • Roberto Verganti, Design Driven Innovation: Changing the Rules of Competition by Radically Innovating What Things Mean, Harvard Business Press (2009)(邦訳:『デザイン・ドリブン・イノベーション』同友館)
  • Peter Thiel with Blake Masters, Zero to One: Notes on Startups, or How to Build the Future, Crown Business (2014)(邦訳:『ゼロ・トゥ・ワン』NHK出版)

INNOVATION VOYAGE 編集部

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