デザイン思考の適用範囲を正しく設計する——「共感起点」と「ビジョン起点」の使い分け
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デザイン思考の適用範囲を正しく設計する——「共感起点」と「ビジョン起点」の使い分け

「顧客の不から始めよ」を忠実に守った結果、なぜ小粒なアイデアしか生まれないのか。デザイン思考の局所最適化という構造的特性を理解し、ビジョン起点のアプローチと組み合わせる方法を解説する。

デザイン思考 局所最適 ヒルクライミング ゼロトゥワン イノベーション

「顧客に共感せよ」を忠実に守った結果、何が生まれるか

「まず顧客に共感しなさい」「現場に出てユーザーの”不”を見つけなさい」——デザイン思考の教科書はこう説く。多くの新規事業チームがこの教えに従い、顧客インタビューを重ね、ペルソナを作り、カスタマージャーニーマップを描く。その結果として生まれるアイデアは、しかし、なぜか判で押したように小粒である。「会議の議事録を自動化するツール」「経費精算のUIを改善するアプリ」「社内コミュニケーションを活性化するチャットボット」。どれも「あると便利」ではあるが、企業の次の柱になるようなスケールは持ち得ない。

これは偶然ではない。デザイン思考の「共感から始める」というアプローチには、構造的に既存の枠内でのアイデアに収束しやすい特性がある。経済学者ピーター・ティールの言葉を借りれば、「顧客に聞く」という行為は、顧客が想像しうる範囲内の解しか導き出さない。

そして、顧客が言語化できる課題は、すでに他の誰かも気づいている課題である。

12チーム全員が同じ「改善案」にたどり着いた日

筆者がこの構造的特性を最も鮮明に認識したのは、ある大手サービス企業のワークショップでのことだった。デザイン思考の手法に忠実に、12チームが同一業界の顧客インタビューを実施し、それぞれ独立にアイデアを練った。2日間の集中プログラムの最終発表で衝撃的な光景が広がった。12チーム中9チームが、ほぼ同じ顧客課題(「手続きが煩雑」)を特定し、ほぼ同じ解決策(「UI改善+自動化」)を提案していたのである。残りの3チームも、対象は違えど構造は同じ——既存サービスの体験改善にとどまっていた。

この日、筆者は確信した。「共感」を起点にする限り、全員が同じ場所にたどり着く。そしてその場所は、競合他社もすでに到達している場所である。登山に例えるなら、全員が同じ低い丘の頂上を目指して登っている状態だ。これが「局所最適(ローカル・マキシマム)」と呼ばれる現象の正体である。

デザイン思考が局所最適に向かいやすい3つの構造的特性

「ヒル・クライミング」型の思考——今いる山しか見えない

デザイン思考は本質的に「ヒル・クライミング(山登り)」型の思考法である。現在地から見える範囲で最も高い地点を目指す。論理的であり効率的だが、今いる山より高い別の山の存在に気づくことができない。

顧客が語る「不」は、既存の文脈の中での不満に過ぎない。馬車が主要な交通手段だった時代に「顧客の声」を聞けば、返ってくるのは「もっと速い馬が欲しい」であり、自動車という概念は出てこない。

真に破壊的なイノベーションは、谷を越えて別の山に移る「バレー・クロッシング」——既存の文脈そのものを超える飛躍——からしか生まれない。

顕在化した課題からの出発は競争市場への参入を意味する

顕在化した顧客課題から出発するということは、その課題がすでに市場で認識されていることを意味する。認識された課題には、必然的に多数のプレイヤーが殺到する。その結果、差別化の余地がほとんどない製品群が乱立し、価格競争に陥る。

ティールの分析によれば、米国航空業界は2012年に売上高1,600億ドルを達成しながら、乗客一人あたりの利益はわずか37セントだった。一方、検索という独自の市場を創出したGoogleは、売上規模が航空業界の3分の1でありながら利益率は21%に達していた。

課題解決型のアプローチは、構造的に競争市場への参入を意味し、利益の希薄化を招きやすいのである。

「意味」の変革には別のアプローチが必要

ロベルト・ベルガンティ教授が指摘するように、イノベーションには「Better(より良い)」と「Different(異なる)」の二種類がある。デザイン思考は既存の軸での改善(Better)には極めて有効だが、軸そのものを変える変革(Different)には別のアプローチが必要だ。

任天堂Wiiは「高精細グラフィック」という既存の競争軸を放棄し、「家族全員がリビングで体を動かす」というゲーム機の「意味」を変えた。スターバックスは「美味しいコーヒー」ではなく「第三の場所」という新しい意味を提案した。これらは「顧客に共感」した結果ではなく、創り手のビジョンが起点である。

来週から試せる「共感+ビジョン」の実践法

デザイン思考を全否定する必要はない。適用範囲を正しく限定し、別のアプローチと組み合わせることで効果が最大化する。

次のアイデア出しでは「顧客の不」だけでなく「望ましい未来」からも始めてみる。 「3年後、この業界はどうあるべきか」という問いを立て、その未来から逆算してアイデアを出す。バックキャスティングは、現在の文脈に縛られずに発想する最も効果的な方法だ。

出てきたアイデアを「改善」と「変革」に仕分けする。 「これは既存サービスのBetter(改善)か、それともDifferent(変革)か」とラベルを貼る。Betterしかなければ、局所最適に陥っている可能性が高い。

「顧客が言わなかったこと」をリストアップする。 インタビュー後に、顧客が言葉にしなかった暗黙の前提——「そもそもなぜその行動をしているのか」「その行動自体が不要な世界はあり得るか」——を書き出す。言語化されない部分にこそ、非連続な機会が潜んでいる。

デザイン思考の適用範囲を設計したい人

本記事の内容が最も有用なのは以下のような状況にある人である。

デザイン思考のワークショップを何度もやったが、「小粒なアイデア」しか出てこないと感じている新規事業推進者。 それは手法の運用ミスではなく、手法の構造的特性であると認識することが突破口になる。

「改善」は得意だが「新しい柱となる事業」を生み出せていない企業の経営層。 BetterとDifferentは別のゲームであり、別の思考法が必要であることを理解する契機になる。

デザインファームやコンサルから「まず共感から」と指導を受けている事業チーム。 デザイン思考の適用範囲を知り、「いつ使うか」「いつ使わないか」の判断基準を持てるようになる。すでにビジョンドリブンなアプローチで事業を創出している組織や、0→1ではなく1→10フェーズのプロダクト改善に取り組んでいるチームには、本記事は該当しない。

「共感」の先にある「意味の変革」に踏み出そう

自社のイノベーション活動がデザイン思考の枠内に収まっていると感じたなら、次のステップは明確だ。次回の企画会議で「この事業はBetter(改善)か、それともDifferent(意味の変革)か」と問いかけてほしい。全案件がBetterであれば、局所最適に陥っている可能性がある。INNOVATION VOYAGEの「手法と理論」カテゴリでは、デザイン思考以外にもイノベーション業界の主要手法を客観的に検証している。「事業創出の原則」カテゴリと合わせて読むことで、手法の適用範囲がより立体的に見えてくる。


関連するインサイト

イノベーションの構造的理解については「イノベーションを構造から理解する――定義・失敗の原因・成功の条件を徹底解説」で体系的に解説している。


参考文献

  • Peter Thiel with Blake Masters, Zero to One: Notes on Startups, or How to Build the Future, Crown Business (2014)(邦訳:『ゼロ・トゥ・ワン』NHK出版)
  • Roberto Verganti, Design Driven Innovation: Changing the Rules of Competition by Radically Innovating What Things Mean, Harvard Business Press (2009)(邦訳:『デザイン・ドリブン・イノベーション』同友館)
  • Tim Brown, Change by Design: How Design Thinking Transforms Organizations and Inspires Innovation, Harper Business (2009)(邦訳:『デザイン思考が世界を変える』早川書房)

INNOVATION VOYAGE 編集部

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