イノベーション予算の設計論:70-20-10ルールの正しい解釈と日本企業での適用
組織設計

イノベーション予算の設計論:70-20-10ルールの正しい解釈と日本企業での適用

Googleの70-20-10ルールとHorizon 1/2/3の予算配分の本質。イノベーション会計との接続と、日本企業での運用実態・課題を解説する。

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「新規事業に10%しか予算が取れない」という問いの立て方が間違っている

日本の大企業の新規事業担当者から頻繁に聞く声がある。「経営から取れる予算が全体の数%しかない」「イノベーション活動の予算が年々削られている」——こうした嘆きはしかし、問いの立て方が間違っている可能性がある。

予算の「量」より、予算の「設計」の方が重要だ。

Googleの70-20-10ルールは世界中でコピーされている。しかし多くの場合、「コア事業70%、隣接事業20%、新規事業10%」という数字だけが切り取られ、なぜその比率か・どのように予算配分を実行するか・何を測定するかという本質が抜け落ちている。

本記事では、70-20-10ルールの設計思想、Horizon 1/2/3の予算配分モデル、Eric Riesが提唱するイノベーション会計、そして日本企業での実装課題を解説する。

70-20-10ルールの本来の意味

70-20-10ルールはGoogleのCEOを務めたEric Schmidtが提唱したとされる予算・時間・人材配分の原則だ。

  • 70%: コアビジネスの維持・改善に投資
  • 20%: コアビジネスに隣接する新分野の探索に投資
  • 10%: 全く新しい可能性に投資

この数字自体は「目安」であり、業種・成熟度・戦略的状況によって変わる。しかし日本では、この数字が「予算配分の最適解として普遍的に適用できる」という誤解とともに輸入されたケースが多い。

ルールの本質は「3つの異なる種類の投資を意識的に分離して管理する」ことだ。 コアビジネスの効率化と新規探索は、評価基準も意思決定の論理も全く異なる。それを同じ「ROI」基準で評価すれば、必ず短期的に成果の出るコアビジネスへの投資が優先される——これが多くの大企業でイノベーション投資が縮小していく構造的メカニズムだ。

Horizon 1/2/3モデル:成熟度別の投資管理

McKinsey & Companyが開発し、Baghai、Coley、Whiteが2000年の著書『The Alchemy of Growth』で体系化した「Three Horizons(3つの地平線)モデル」は、70-20-10ルールの理論的基盤を提供する。

Horizon 1(現在の収益事業)

既存のビジネスモデルを維持・改善することで今期の収益を守る活動だ。ROIが明確に測定でき、改善の効果が短期間で見える。投資の「確実性」が最も高い。

典型的な投資:既存製品の品質改善、オペレーションコストの削減、既存市場でのシェア拡大

予算管理: 通常の事業予算の枠組みで管理できる。ROI、営業利益、コスト削減効果が主要指標。

Horizon 2(成長事業・隣接市場)

現在のビジネスモデルを拡張するか、隣接する市場に進出することで、3〜5年後の収益の柱を作る活動だ。H1ほど確実ではないが、全く新しい技術や市場ではない。

典型的な投資:新地域への展開、既存顧客への新製品・新サービス提供、隣接市場への参入

予算管理: 通常の事業予算では管理しにくい。3〜5年の時間軸で評価する必要があり、短期的なROIで評価すると過剰削減される。

Horizon 3(未来の成長ドメイン)

現在の事業とは関係なく、5〜10年後の新たな成長の核になりうるものを探索・実験する活動だ。大半は失敗するが、その中から次のH1が生まれる可能性がある。

典型的な投資:先端技術の研究、全く新しい顧客層へのアプローチ、ビジネスモデルの根本的な革新実験

予算管理: 通常の投資評価基準は機能しない。「学習量」「仮説検証の数」「将来の選択肢の数」を指標として管理する必要がある。

日本企業での70-20-10運用の実態と課題

日本の大企業でこのモデルが「うまく機能していない」ケースには、構造的な共通パターンがある。

課題1:全ての予算申請が同一の審査プロセスを通る

H3のプロジェクト(リターンが不確実な探索)がH1のプロジェクト(既存事業の改善)と同じ「ROI見込み・3年後の売上計画・リスク評価」の書式で審査される。H3のプロジェクトが通過できるわけがない。

解決策: 投資の「ホライズン」によって承認基準を変える。H3の予算申請には「検証する仮説」「成功・失敗の判断基準」「学習報告のタイミング」を書く別フォーマットを設ける。

課題2:H3予算が「余裕資金」と見なされ、業績悪化時に真っ先に削られる

日本企業の多くは、H3の活動を「あればいいもの」と位置づけている。リセッション期・業績悪化時に最初に削られるのはH3だ。しかしまさにその時期こそ、将来の競争優位となるH3への投資が必要だ。

Amazon、Google、Appleは景気後退期にも研究開発投資を維持し続けた。この「景気サイクルに逆行する投資規律」が長期的な競争優位に繋がっている。

解決策: H3予算を「オプション購入費」として経営レベルで認識する。将来の不確実性に対するヘッジコストとして、業績連動させない「聖域」に設定する。

課題3:H1とH3を同じチームが兼任する

「新規事業も既存事業改善も同じ部署がやる」という構造では、H3の活動は常に後回しになる。既存事業の緊急案件があれば、新規事業は止まる。

解決策: H3の探索を専任チームに分離する。「探索(Explore)」と「活用(Exploit)」を同じチームで並行させることは、認知科学的にも非効率だ——「両利きの経営(Ambidexterity)」の研究が示すように、組織の分離が探索の成果を高める。

イノベーション会計:H3投資の「進捗」を正しく測る

Eric Riesは『リーン・スタートアップ』でイノベーション会計(Innovation Accounting)を提唱した。通常の財務会計では測定できないH3の「進捗」を可視化するための代替的な指標体系だ。

イノベーション会計の3ステップ:

ステップ1:実際のデータで現在地を特定する MVP実験から得たデータで「現時点の顧客獲得コスト・転換率・リテンション率」を計測する。希望的な予測ではなく、現実のベースラインを設定する。

ステップ2:ベースラインから「検証された学習」に向けてチューニングする 個々の仮説を検証し、指標を改善する実験を繰り返す。ここで重要なのは「指標が改善されたかどうか」だ。売上が上がったかどうかではなく、転換率・エンゲージメント・使用頻度という先行指標が動いているかどうかを見る。

ステップ3:ピボット or ペルセビアを判断する ベースラインを設定してから十分な実験を重ねても指標が改善されない場合、戦略の根本的な変更(ピボット)を決断する。指標が改善されていれば、現在の方向性を維持(Persevere)する。

日本企業でイノベーション会計が普及しない理由の一つは、既存の「事業計画との乖離」を管理する会計思考が支配的だからだ。「計画通りか否か」ではなく「仮説が正しかったか否か」という評価軸の転換が必要だ。

予算設計の具体的な実装ステップ

以上を踏まえた実践的な予算設計のステップを示す。

Step 1:現在の投資をH1/H2/H3に分類する 既存の全予算・全プロジェクトをHorizonで分類する。多くの企業でH3が0%か実質0%であることが判明する。この可視化が経営対話の出発点になる。

Step 2:H3の「聖域予算」を設定する 業績に連動させないH3予算を設定する。Googleの10%を参考にしながら、自社の産業特性・成熟度に合わせた比率を決める。重要なのは比率ではなく「削らないという意思決定プロセスを設けること」だ。

Step 3:H3の承認・評価基準を別途設計する 仮説の数・検証回数・学習レポートの質を評価指標とする。財務指標は使わない。投資家が初期スタートアップを評価するときと同じ基準を採用する。

Step 4:H1〜H3間のポートフォリオを定期的に見直す 半年〜年次で「H3からH2にプロモートするプロジェクト」「H3で終了するプロジェクト」「新たにH3に投資するテーマ」を判断する。このポートフォリオ管理こそが70-20-10の本質的な実装だ。

このインサイトが有用な人

「新規事業への投資を増やしたいが、経営を説得できない」と感じている新規事業推進者。 予算の「量」ではなく「設計」の問題として再定義することで、経営対話の入り口が変わる。

全社のイノベーション予算設計を担当している経営企画・財務部門。 H1/H2/H3の分類と評価基準の分離が、「イノベーション投資が毎年削られる構造」を変える実装の起点になる。

スタートアップとの協業(CVC・アクセラレーター)を担当している大企業の担当者。 外部との協業を「H3への投資」として位置づけ、財務的なリターンではなく「学習と将来の選択肢の拡大」を評価軸とする設計が、協業の継続性を高める。


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参考文献

  • Baghai, M., Coley, S. & White, D. The Alchemy of Growth: Practical Insights for Building the Enduring Enterprise, Basic Books (2000)
  • Ries, E. The Lean Startup: How Today’s Entrepreneurs Use Continuous Innovation to Create Radically Successful Businesses, Crown Business (2011)(邦訳:『リーン・スタートアップ』日経BP)
  • O’Reilly, C.A. & Tushman, M.L. Lead and Disrupt: How to Solve the Innovator’s Dilemma, Stanford Business Books (2016)(邦訳:『両利きの経営』東洋経済新報社)
  • Schmidt, E. & Rosenberg, J. How Google Works, Grand Central Publishing (2014)(邦訳:『How Google Works』日本経済新聞出版社)

荒井宏之 / INNOVATION VOYAGE

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