「誰に売るの?」という問いが事業を殺す条件
新規事業の審議会で、必ず飛んでくる質問がある。
「ターゲット顧客は誰ですか?」「市場規模はどう試算しましたか?」「競合と比較した優位性は?」
これらは間違った質問ではない。成熟したビジネスなら答えるべき正当な問いだ。
問題は、これらの質問が問いかけるタイミングと対象を選ばないことにある。
探索フェーズの新規事業、つまりまだ顧客が誰かも確定していない段階、市場が存在するかどうかすら不明な段階に対して、これらの定型質問を投げかけることは、地図のない山に「目的地の住所を教えてください」と問うのに等しい。
しかし審議会では毎回、この問いが繰り返される。
「正解を用意できる事業」だけが通過する構造
審議会の定型質問には、一つの共通する前提が埋め込まれている。「答えられるはずだ」という前提だ。
この前提が、現場に特定の行動を促す。担当者は答えを作る。
市場規模の調査レポートを引用し、ターゲット像をペルソナとして詳細に描き、競合マップを整理する。これらの作業は数週間を要する。しかしその数週間は、顧客と会話したり、プロトタイプを試したり、仮説を検証したりするための時間だったはずだ。
レビューの準備コストが、事業家の学習時間を侵食している。
さらに深刻な問題がある。「正解を用意できる事業」だけが通過するという逆選抜だ。
Unknown-Unknown、つまり何がわからないかもわからないフェーズにある真の新規事業は、ターゲット顧客を特定できない。市場規模を試算する根拠がない。競合を定義するための市場カテゴリすら存在しない。
これは担当者の能力不足ではない。その段階では、誰にもわからないのが正常だ。
しかし審議会はこの「わからない」を弱さと判断する。明確な答えを持たない案件は却下され、答えを「作れる」案件だけが通過する。
結果として審議会を通過するのは、すでに誰かが検証済みの市場に、似たようなアプローチで参入する案件ばかりになる。
審議会メンバーの構造的欠陥
問題は質問の内容だけではない。質問をする側の設計にも、根本的な欠陥がある。
多くの企業の新規事業審議会は、既存事業部門の幹部で構成される。彼らは既存事業の管理と収益最大化のプロフェッショナルだ。しかし、不確実性の高い新規事業を評価するプロフェッショナルではない。
年間100億円の売上管理を担う事業部長が「3年後に年商1億円を目指す可能性がある」という仮説検証フェーズの案件を見るとき、評価の物差しは本業のスケール感に引きずられる。判断は間違っていない。だが測ろうとしているものが違う。
探索フェーズで問うべきは「この事業は成功するか」ではなく、「この仮説は今の投資規模で検証する価値があるか」だ。この問いに答えられるのは、不確実性の中での意思決定に習熟した人間——ベンチャーキャピタリスト、連続起業家——だが、日本の多くの企業には、こうした人材が審議会に存在しない。
「答える会」が生む学習性無力感
現場で繰り返し観察されるパターンがある。
審議会に向けて3週間、担当者チームは資料を作り込む。市場調査、競合分析、財務モデル、ロードマップ。審議会当日は60分のプレゼンテーション。委員からの質問に答え続ける。
審議会が終わった後、チームに何が残るか。
疲弊と、次回の審議会に向けた不安だ。
「もっといい答えを用意しなければならない」という学習。
これは全く逆だ。新規事業の担当者が身につけるべき学習は、「不確実な状況で仮説を素早く検証し、学習を積み重ねる能力」だ。しかし審議会のサイクルが回るほど、担当者は「審議会で答えを出す能力」を磨くことに時間を使う。
本来の事業家としての能力が、審議会対応によって逆方向に訓練されていく。
Stage-Gateの誤用が引き起こす問題
Robert G. Cooperが設計したStage-Gate法の本来の思想は、「段階的に判断の粒度を上げる」ことにある。初期フェーズでは粗い判断で多くを通過させ、検証が進むにつれて評価の厳密さを上げる。
しかし多くの企業ではこの設計が逆転している。初期の探索フェーズから、成熟事業と同じ粒度のレビューを課す。仮説検証が始まる前に3年間のPL予測と詳細なGo-to-Market戦略を求める。これはオプションを行使する前にオプションの結果を確定させることを求めるに等しい。
Stage-Gateが機能する条件は、「事業が成功するか」ではなく「次の仮説検証に進む根拠があるか」を問うことだ。この区別を失った審議会は、ガバナンスの機能を果たせていない。
構造修正の3つの方向性
「答える会」から「問う会」へ
審議会の設計を根本から変える。担当者がプレゼンし、委員が質問するという構造を反転させる。
担当者が「今、何がわかっていないか」を提示し、委員が「その不確実性を解消するために次に試すべきことは何か」を共に考える。
審議会を「評価の場」ではなく「問いを磨く場」として再設計する。これだけで、審議会に向けた資料作成の性格が変わり、担当者の学習密度が上がる。
Innovation Accountingの導入
Eric RiesがThe Lean Startupで提唱したInnovation Accounting(イノベーション会計)は、新規事業の評価指標を「財務実績」から「学習の質」に移行させるフレームワークだ。
売上や利益ではなく、「検証した仮説の数」「無効化できたリスクの数」「顧客理解の深化度」を評価する。この指標体系を審議会に導入することで、「正解を用意できる事業」だけが有利な構造が崩れる。
CommitteeからAdvisory Boardへ
審議・承認権限を持つ委員会から、助言機能に特化したアドバイザリーボードへの転換。承認権限を持つ委員会は必然的に「リスクを取らない」判断に向かうが、アドバイザリーボードは担当者が自律的に判断する前提で、その質を高める問いを提供する役割を担う。外部のベンチャーキャピタリストや連続起業家を招聘し、不確実性の中での意思決定に習熟した視点を制度的に組み込む。
この問題を最も痛感している人へ
この記事が最も刺さるのは、審議会向けに毎回3週間以上を資料作成に費やし、それでも「答えが不十分」と判断を保留された経験を持つ新規事業担当者だ。
あなたの準備が足りなかったのではない。審議会が問うべき問いを問えていなかっただけだ。
経営企画部門や審議会の事務局担当者にも読んでほしい。審議会の設計がイノベーションの逆選抜を引き起こしているという認識が、制度改革の出発点になる。すでにInnovation Accountingベースの評価指標を持ち、専任の評価者を配置し、stage別に評価の粒度を変えている組織には、本記事の指摘の多くは該当しない。
次の審議会で、一つだけ変える
審議会の構造を一夜で変えることはできない。しかし、次の審議会で一つだけ変えることはできる。
議題の最初に「今、何がわかっていないか」を担当者に提示させる。
「誰に売るのか」「市場規模は何か」ではなく、「この段階で解消すべき最大の不確実性は何か」を起点にする。この問いの転換だけで、審議会の性格が少しずつ変わる。
正解を用意する場から、問いを磨く場へ。この転換が、真の新規事業が生まれる土壌をつくる。
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参考文献
- Cooper, R. G. “Stage-Gate Systems: A New Tool for Managing New Products,” Business Horizons, Vol.33, No.3 (1990)
- Ries, E. The Lean Startup, Crown Business (2011)(邦訳:『リーン・スタートアップ』日経BP)
- Christensen, C. M. The Innovator’s Dilemma, Harvard Business Review Press (1997)(邦訳:『イノベーションのジレンマ』翔泳社)
荒井宏之 / INNOVATION VOYAGE
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