イノベーション・シアターの見分け方と実質的な事業創出体制への転換法
原則

イノベーション・シアターの見分け方と実質的な事業創出体制への転換法

アクセラレーター、ハッカソン、オープンイノベーション——活況に見える新規事業活動を、実質的な事業成果につなげるための構造転換を解説する。

イノベーション・シアター アクセラレーター オープンイノベーション 組織変革

活動量と事業成果のギャップをどう埋めるか

社内アクセラレーター、ハッカソン、オープンイノベーション拠点、CVC——自社のイノベーション推進活動は華やかに見える。年間の応募件数は100件を超え、イベントには毎回50人以上が集まり、経営報告書には活動実績がびっしり並ぶ。しかし、ふと立ち止まって考えると、ある事実に気づく。 過去3年間で、実際に事業化した案件がいくつあるか。

多くの企業で、その数字は片手で数えられるほど、あるいはゼロだ。活動量は増えているのに成果が出ない。この状態に違和感を覚えながらも、「まだ種まきの段階だから」「文化醸成が目的だから」と自分を納得させている担当者は多い。だが、その「納得」こそが問題だ。

スティーブ・ブランクはこの現象を「イノベーション・シアター」と名付けた。イノベーションの見た目だけを整え、実質的な価値を生まない活動のことである。この構造を理解し、転換する方法を見ていこう。

応募50件、事業化ゼロ——アクセラレーター運営2年間から学んだこと

筆者はかつて、大手IT企業の社内アクセラレータープログラムの運営責任者を2年間務めた経験がある。初年度は応募50件、最終選考に残った8チームに対して3ヶ月間の集中支援を行った。外部メンター12名を招聘し、デモデイには役員5名が出席し、社内報でも大きく取り上げられた。数字だけ見れば「成功」である。しかし、プログラム終了後に事業化フェーズに進んだチームはゼロだった。

2年目も同様の結果に終わった。累計100件の応募、16チームの支援、24名のメンター、総予算8,000万円——そして事業化件数ゼロ。最も示唆的だったのは、経営会議でこの結果を報告した際の反応である。「応募件数が増えているのは良い傾向。イノベーション文化の醸成が進んでいる証拠だ」。成果ゼロという現実を直視せず、活動量で自らを正当化する構造が生まれていたことに気づいた瞬間だった。

シアターから実質的な事業創出体制に転換する3つの設計変更

シアター化した組織を本物のイノベーション体制に転換するには、3つの構造的な設計変更が必要だ。

KPIを「活動量」から「事業成果」に切り替える

応募件数、イベント参加者数、メンター数といった活動量指標をすべて見直し、事業化件数、初期顧客獲得数、プロトタイプの有料テスト結果といったアウトカム指標に置き換える。測るものが変われば、行動が変わる。

イノベーション部門に事業化の権限と予算を渡す

多くの企業ではイノベーション推進部門がアイデア発掘までしか担当せず、事業化は既存事業部門に引き渡される。この断絶が事業化を阻んでいる。推進部門自身が小規模な事業運営を行える予算と権限を持たなければ、構造は変わらない。

経営層の本気度を「制度変更」で示す

号令では足りない。既存事業の評価基準の例外設定、専任人材の確保、失敗時の評価保護——こうした具体的な制度変更が経営層の本気度を証明する。言葉ではなく仕組みで示すことが、現場の行動を変える唯一の方法だ。

5分でできる「実質度」セルフ診断

自社のイノベーション活動が実質的な事業成果につながっているかどうかは、以下の5項目で診断できる。明日のミーティングで、チームメンバーと一緒に確認してみてほしい。

①過去3年間の事業化件数を即答できるか。 答えられない場合、成果を追跡する仕組み自体が存在しない可能性がある。 ②イノベーション活動のKPIに「売上」または「顧客数」が含まれているか。 活動量指標のみで評価している場合、シアター化のリスクが高い。 ③アクセラレーター卒業後の事業化プロセスが明文化されているか。 「その後は事業部に任せる」で終わっていれば、構造的な断絶がある。

④イノベーション担当者の平均在籍期間は3年以上か。 短期ローテーションでは知見が蓄積されない。 ⑤経営層が自らイノベーション案件の意思決定に関与しているか。 号令だけで具体的な関与がなければ、コミットメント不足である。3つ以上該当する場合、構造的な見直しが有効である。

この視点が特に機能する組織

イノベーション推進部門で「このままでいいのか」と疑問を感じている担当者。 活動量は積み上がっているが事業成果が出ず、自分の仕事の意味に自信を持てなくなっている人にとって、「それはシアターという構造的問題だ」という認識は大きな転換点になる。

新規事業プログラムの成果報告に苦慮している管理職。 活動量でお茶を濁す報告に限界を感じているなら、このKPI転換の考え方が次の打ち手になる。

イノベーション推進の外部支援に関わっているコンサルタントやメンター。 自分が支援している企業の活動がシアター化していないか、冷静に評価するための判断基準として使える。すでに事業化の実績が出ている企業や、新規事業の意思決定が2層以内で完結している組織には、この問題提起はあまり該当しない。

今週中にKPIの棚卸しを始めよう

イノベーション・シアターからの転換は、現状認識から始まる。今週中に、自社のイノベーション活動で使われているKPIをすべてリストアップしてほしい。そのうち、事業成果(売上、顧客数、事業化件数)に直結する指標がいくつあるか数える。活動量指標ばかりなら、それがシアター化の原因だ。

前述の5つのチェックリストをチームで実施し、結果を共有する。診断結果を元に、「活動量の報告」から「事業成果の追跡」に切り替えるための提案書を作り、上長に出してほしい。シアターの幕を下ろせるのは、現場にいる当事者だけだ。

INNOVATION VOYAGEの「事業創出の原則」カテゴリでは、イノベーション・シアター以外にも事業が立ち上がる条件と頓挫するメカニズムを分析している。合わせて読むことで、自社の構造を立体的に把握できるようになる。


関連するインサイト

イノベーションの構造的理解については「イノベーションを構造から理解する――定義・失敗の原因・成功の条件を徹底解説」で体系的に解説している。


参考文献

  • Steve Blank, “Why Companies Do ‘Innovation Theater’ Instead of Actual Innovation,” Harvard Business Review (2019)
  • 経済産業省「大企業×スタートアップのオープンイノベーション ―その実践と課題―」(2019年)
  • Scott D. Anthony, et al. “Breaking Down the Barriers to Innovation,” Harvard Business Review (2019)

INNOVATION VOYAGE 編集部

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