競合はバナナだった
マクドナルドの商品開発チームが長年解けなかった謎があった。ミルクシェイクの売上を伸ばしたい。顧客調査を重ね、製品を改善した。しかし売上は動かなかった。
そこに呼ばれたのが、Clayton Christensenのチームだった。彼らは既存の調査手法を捨てた。顧客属性ではなく、顧客の「状況」に注目した。観察の結果、一つの発見があった。ミルクシェイクの売上の大半は午前中、特に朝の通勤時間帯に集中していた。
購入者にインタビューをした。「なぜミルクシェイクを買うのですか?」という問いに、こんな答えが返ってきた。「退屈な通勤時間が潰せる。バナナだと食べ終わるのが早すぎる。コーヒーはこぼれる危険がある。シリアルバーだと手が汚れる。ミルクシェイクは吸うのが少し大変で、丁度よく時間が潰せる」
この瞬間、Christensenのチームは競合を理解した。ミルクシェイクの競合は他のファストフードのドリンクではなく、バナナ、コーヒー、シリアルバーだった。 そして顧客が「片付けるべき用件(Job To Be Done)」は「美味しいものを飲む」ではなく「退屈な通勤時間を、手を汚さず、腹持ちよく、適度に時間を使いながらやり過ごす」だったのだ。
Jobs To Be Done理論とは何か
Jobs To Be Done(JTBD)理論は、「顧客は製品を買うのではなく、自分の生活の中で片付けたい用件(Job)を解決するために製品を雇用(hire)する」という考え方だ。
Clayton Christensenが同僚のTaddy Hall、Karen Dillon、David S. Duncanとともに2016年の著書『Competing Against Luck: The Story of Innovation and Customer Choice』で体系的に提唱した。原型はChristensenが1990年代から研究していた「Jobs Theory」にあり、ミルクシェイクの事例は彼が繰り返し引用した原体験だ。
JTBDの核心は「競合の再定義」にある。既存の市場定義では気づけない競合が見えてくる。そして競合が見えれば、真に差別化すべき軸も見える。
3種類のジョブ:機能的・感情的・社会的
Christensenらは、顧客が片付けたいジョブを3つに分類している。
機能的ジョブ(Functional Job)
ジョブの最も直接的な側面だ。「〜を達成したい」「〜を解決したい」という実際のタスクを指す。
ミルクシェイクの事例では「腹を空かせずに通勤時間を過ごしたい」が機能的ジョブだ。
製品開発において、多くのチームが見ているのはこの機能的ジョブだけだ。「顧客の課題」として挙げられるものはほぼ全て機能的ジョブの範疇に収まる。しかしChristensenは、機能的ジョブだけを満たす製品は差別化が難しく、競合に模倣されやすいと指摘する。
感情的ジョブ(Emotional Job)
顧客がジョブを達成したときに「どう感じたいか」「どう感じたくないか」に関わる側面だ。
ミルクシェイクの事例では「子供にスマートな親だと思われたい(だがミルクシェイクは時間がかかって迷惑をかける)」が午後の購入者にとっての感情的ジョブだった。
ブランドが最も力を発揮するのはこの感情的ジョブの次元だ。「Apple製品を使っている自分」「トレーニングウェアにナイキを選ぶ自分」——これらは機能的ジョブを超えた感情的ジョブへの応答だ。
社会的ジョブ(Social Job)
「他者からどう見られたいか」「どういう立場でいたいか」に関わる側面だ。
保険の購入を例に取る。機能的ジョブは「リスクをヘッジしたい」だが、社会的ジョブは「家族を守れる責任感のある大人でいたい」だ。高級車の購入における社会的ジョブは「成功者として認識されたい」だ。
イノベーションの多くは、感情的・社会的ジョブの充足が機能的ジョブの充足と分離しているギャップを埋めることで生まれる。 スターバックスは「美味しいコーヒーを飲む」という機能的ジョブに、「洗練された第三の場所でひとときを過ごす」という感情的・社会的ジョブを統合した。
なぜJTBDは「本当の競合」を見せるのか
従来の競合分析は製品カテゴリ内での比較だ。「スマートフォンの競合はスマートフォン」「SaaSの競合はSaaS」。これは市場の境界線を自分で引き、その中だけを見ることになる。
JTBDは顧客のジョブを起点に競合を定義する。「通勤の退屈を紛らわす」というジョブを解決するものが全て競合になる——Podcast、電子書籍、SNS、バナナ。この視点から見れば、スマートフォンのゲームアプリの競合は単なる他のゲームアプリではなく、通勤時間に消費されるあらゆるコンテンツだ。
Christensenはこれを「競合しない競合(non-consumption competition)」と呼ぶ。 特に新規市場を創出するイノベーションは、既存の競合ではなく「何もしない」や「別のカテゴリのもので代替している」状態を競合として設定することから始まる。
ネットフリックスの競合は当初、他の動画ストリーミングサービスではなく「テレビの前で退屈している時間」だった。Airbnbの競合はホテルではなく「旅行自体を諦めていた人たち」だった。
JTBDを実践する:5つの問い
JTBDを実際の製品開発・事業設計に適用するための問いを以下に示す。
問い1:「顧客が本当に片付けたいのは何か」
製品の機能から離れ、顧客の「状況」から考える。「〜を使っているとき、顧客は本来何を達成しようとしているのか」という問いで、機能的ジョブを特定する。
問い2:「ジョブを達成したとき、顧客はどう感じたいか」
感情的・社会的ジョブを特定する。インタビューでは「使った後、周りの人にどう見られると思いますか?」「使っている自分は、どんな人だと感じますか?」という問いが有効だ。
問い3:「今、そのジョブを何で解決しているか」
現在の代替手段が「真の競合」だ。「今、このジョブを解決するために何を使っていますか?」「使っているものの、最も不満な点は何ですか?」という問いで、スイッチングポイントが見える。
問い4:「なぜスイッチするか。なぜスイッチしないか」
顧客の「切り替えのトリガー」を理解する。Christensenは「進捗の力(Forces of Progress)」として、スイッチングを促す力(プッシュ力とプル力)と阻む力(習慣と不安)の4つの力を分析するフレームワークを提唱している。
問い5:「このジョブを完璧に解決した世界では、顧客は何が変わっているか」
ジョブが完全に解決された状態を「成功基準」として定義する。この成功基準が製品のロードマップの方向性を規定する。
JTBDとイノベーション戦略:競合の再定義が「ブルーオーシャン」を作る
Kim & Mauborgneの「ブルーオーシャン戦略」とJTBDは、表裏一体の関係にある。
ブルーオーシャン戦略が「競合のない市場空間を創造する」という結果を指すとすれば、JTBDは「どのジョブをターゲットにするかによって、競合の定義が変わる」というプロセスを示す。
既存の製品カテゴリの中で競合するのではなく、まだ誰も充足していないジョブを見つけ、それを最もよく解決するものを作れば、競合が定義されないか、少ない状態で市場を作れる。
任天堂Wiiが採用したのはまさにこの戦略だ。「高性能ゲーム機」の競合軸——グラフィック性能・タイトル数——で戦わず、「家族全員がリビングで体を動かして楽しむ」というジョブを定義し、その充足に特化した。競合はソニーのPS3でも、マイクロソフトのXbox360でもなく、「家族が同じ空間で何かをする機会」だった。
JTBDが最も有用な3つの場面
1. 新市場創出のアイデア探索
既存の競合分析では見えない「非消費者(Non-consumers)」——今は誰もそのジョブのために何も使っていない人たち——を発見するときに有効だ。
2. 製品ロードマップの優先順位づけ
「機能A」と「機能B」のどちらを先に作るかという議論は、「どちらが顧客のジョブをより強く充足するか」という問いに変換することで解決しやすくなる。
3. 競合他社分析の深化
競合製品のベンチマークではなく「競合製品がどのジョブに応えているか」を分析することで、「競合が手をつけていないジョブ」という差別化の機会が見える。
関連するインサイト
参考文献
- Christensen, C.M., Hall, T., Dillon, K. & Duncan, D.S. Competing Against Luck: The Story of Innovation and Customer Choice, Harper Business (2016)(邦訳:『ジョブ理論——イノベーションを予測可能にする消費のメカニズム』ハーパーコリンズ・ジャパン)
- Ulwick, A. Jobs to be Done: Theory to Practice, IDEA BITE PRESS (2016)
- Kim, W.C. & Mauborgne, R. Blue Ocean Strategy: How to Create Uncontested Market Space and Make the Competition Irrelevant, Harvard Business School Press (2005)(邦訳:『ブルー・オーシャン戦略』ランダムハウス講談社)
- Klement, A. When Coffee and Kale Compete: Become Great at Making Products People Will Buy, CreateSpace (2018)
荒井宏之 / INNOVATION VOYAGE
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