オープンイノベーションという名のシアター——「外」に答えを求める組織の病理
組織設計

オープンイノベーションという名のシアター——「外」に答えを求める組織の病理

オープンイノベーションの看板の下で行われる「出会いの場づくり」は、なぜ事業成果につながらないのか。組織の内側に原因がある構造問題を分析する。

オープンイノベーション イノベーション・シアター アクセラレーター 協業 スタートアップ連携

「外の力を借りる」は正しい。だが、借り方が間違っている

現場で繰り返し目撃するのは、活動報告書の「実績」と実際の事業化件数の乖離だ。マッチング件数・イベント開催数・参加企業数が並ぶ一方、事業化の欄が空白のまま経営会議に提出される。この乖離を誰も「問題」と呼ばない構造が、オープンイノベーション・シアターの最大の特徴である。

オープンイノベーションという言葉は、Henry Chesbroughが2003年に提唱して以来、日本の大企業でも広く浸透した。自社だけでは不足するアイデア・技術・スピードを外部から取り込む——この考え方自体は正しい。

問題は、多くの企業がオープンイノベーションの「形式」だけを導入し、「構造」を変えていない ことだ。スタートアップとのマッチングイベントを開催する。共創ラボを設置する。アクセラレータープログラムを走らせる。活動報告書には華やかな実績が並ぶ。だが事業化に至った案件はいくつあるか——答えに窮する企業が大半だ。

イノベーション・シアターの中でも、最もコストの高い演目がこれだ。外部パートナーの期待を裏切り、社内のリソースを消耗し、「オープンイノベーションは使えない」という誤った結論を組織に植え付ける。問題はオープンイノベーションではない。やり方だ。

マッチング300件、協業ゼロの拠点

ある総合商社がオープンイノベーション拠点を東京・渋谷に開設した。年間運営費は約2億円。初年度のマッチングイベントは月2回、参加企業は延べ300社超。メディアにも多数取り上げられ、社内外の注目度は高かった。

2年後の棚卸しで判明した事実。 マッチング300件のうち、NDA締結に至ったのは15件。共同開発の検討に進んだのは3件。事業化したものはゼロ。

原因を調べると、拠点運営チームの評価KPIが「マッチング件数」と「イベント参加者数」だったことがわかった。事業化の責任は「既存事業部門に引き渡す」設計だった。だが事業部門にはスタートアップとの協業を推進するインセンティブも予算もない。拠点は「出会いの場」として完璧に機能し、「事業創出の場」としてはまったく機能しなかった。

構造問題1:「出会い」と「実行」の間に誰もいない

オープンイノベーションの典型的な設計ミスは、 マッチングから事業化までのプロセスに責任者が不在 であることだ。

拠点やプログラムの運営チームは「出会いの場を作る」ことに責任を持つ。事業部門は「既存事業の収益」に責任を持つ。この間に、スタートアップとの協業を具体的な事業に変換する人間がいない。空白地帯だ。 Chesbroughが提唱した「オープンイノベーション」は、社内のR&Dプロセスを外部に開くことだった。 だが多くの日本企業では、R&Dプロセスの変革なしに「外部との接点を増やす」だけで終わっている。

処方箋:「橋渡し」の専任を置く

マッチングチームとは別に、協業案件を事業化まで伴走する専任チームを設置する。このチームのKPIは「事業化件数」であり、事業部門との交渉権限と予算執行権を持たせる。橋渡し人材がいない状態でのマッチングは、繋がらない電話をかけ続けるのと同じだ。

構造問題2:スタートアップの時間感覚と合わない

スタートアップが最も恐れるのは、大企業の意思決定スピードだ。 初回ミーティングから契約締結まで6ヶ月、POC(概念実証)開始まで9ヶ月——こうしたスケジュールは、12-18ヶ月でランウェイが尽きるスタートアップには致命的だ。

大企業側はこのスピード感のズレに無自覚なケースが多い。「社内の承認プロセスがあるので」と説明するが、スタートアップにとっては「半年待ってくれ」は「死んでくれ」と同義だ。結果、有望なスタートアップほど大企業との協業を避けるようになり、残るのは「大企業の予算に頼らざるを得ないスタートアップ」だけになる。典型的な逆選択だ。

処方箋:協業専用のファストトラックを設ける

スタートアップとの協業案件に限り、通常の稟議プロセスを迂回する「ファストトラック」を設ける。POC予算500万円以下は部門責任者の専決、NDA締結は法務の即日対応——こうした具体的なスピード施策がなければ、「オープンイノベーションに積極的です」は空手形だ。

構造問題3:「自前主義」が表層の下で生きている

Chesbroughが指摘した通り、オープンイノベーションの最大の障壁は「NIH(Not Invented Here)症候群」——自社で開発したものでなければ価値を認めない という心理だ。

日本企業では、この心理がさらに強化される。自前の技術に誇りを持つ開発部門は、外部技術の導入を「敗北」と感じる。現場のエンジニアが「うちの技術の方が優れている」と反発し、協業案件が社内の抵抗で頓挫する。 経営層がオープンイノベーションを推奨しても、現場の心理的抵抗が構造的なボトルネックになる。

処方箋:最初の成功事例を「設計」する

NIH症候群の解除には、論理ではなく実績が必要だ。最初の1件を確実に成功させるために、最も協力的な事業部門を選び、最も成功確率の高い案件を投入し、経営層の直接的なスポンサーシップをつける。 1つの成功事例が「外の力を借りても大丈夫だ」という組織の学習を生む。 その1件を設計する意図を持つことが、シアターから実践への転換点になる。

自社のオープンイノベーションを診断する

以下の3問で現状を診断してほしい。

過去2年間で、外部パートナーとの協業から事業化した案件は何件か。 ゼロなら出会いの場で止まっている。

マッチングから事業化までのプロセスに専任の責任者はいるか。 いなければ構造的に事業化は起きない。

スタートアップとの契約締結に何日かかるか。 90日を超えていれば、有望なパートナーは離れている。

シアターの幕を下ろすべき人

最も価値を持つのは、 オープンイノベーション拠点やプログラムの運営を担当しながら、事業成果が出ないことに焦りを感じている担当者 だ。活動量は積み上がっているのに成果が出ない原因が「やり方」ではなく「構造」にあるという認識は、改善提案の方向性を変える。

スタートアップとの協業を検討している事業部門の管理職 にも読んでほしい。「忙しくてスタートアップの対応に手が回らない」は、自分の能力不足ではなく組織設計の問題だ。

まず「事業化件数」をKPIに加える

次回のオープンイノベーション活動の報告資料に、「事業化件数」の欄を1つ加えてほしい。ゼロでも構わない。 ゼロという数字を可視化することが、シアターの幕を下ろす第一歩だ。

イノベーション・シアター全般については「イノベーション・シアターの見分け方と実質的な事業創出体制への転換法」で体系的に解説している。CVCの構造問題は「CVC「戦略リターン」という幻想」を参照してほしい。


関連するインサイト


参考文献

  • Chesbrough, H. Open Innovation: The New Imperative for Creating and Profiting from Technology, Harvard Business School Press (2003)
  • 経済産業省「オープンイノベーション白書(第三版)」(2020年)
  • Steve Blank, “Why Companies Do ‘Innovation Theater’ Instead of Actual Innovation,” Harvard Business Review (2019)

INNOVATION VOYAGE 編集部

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