オープンイノベーションを事業成果につなげる組織設計——ピッチイベントの活用条件
組織設計

オープンイノベーションを事業成果につなげる組織設計——ピッチイベントの活用条件

マッチングイベントやアクセラレーターを「出会いの場」で終わらせず、事業化まで到達させるための組織設計・権限設計・インセンティブ設計を、エージェンシー理論から分析する。

オープンイノベーション ピッチイベント イノベーション・ツーリズム マッチング 代理人問題

「出会いの場」を事業成果に転換するための設計が必要

Morning Pitchに代表されるマッチングイベント、コーポレート・アクセラレーター、CVC主催のデモデイ。「脱・自前主義」を掲げるオープンイノベーション施策は、過去10年で日本企業の定番メニューになった。しかし、華やかなスポットライトの下で生まれたのは何か。プレスリリースの本数は増えた。イベントの参加者アンケートの満足度は高い。だが、実際に事業として自立した案件がいくつあるかを聞くと、ほとんどの事務局が回答に困る。

経済産業省の調査によれば、日本企業のPoCのうち事業化に進むのは約3割に過ぎず、しかもその「事業化」は極めて緩い定義だ。収益を生む事業として自立した案件はさらに少ない。「出会い」の先に「事業化」を実現するには、組織の意思決定構造・権限設計・インセンティブ設計を見直す必要がある。

年間40回のピッチイベント参加から見えた構造的課題

筆者が知るある大手通信企業のオープンイノベーション担当者は、年間40回以上のピッチイベントに参加していた。名刺交換は年間500枚を超え、社内報告用のレポートは月に10本以上。上司からは「積極的に動いている」と評価されていた。しかし3年間の成果を棚卸ししたところ、スタートアップとのNDA(秘密保持契約)締結は12件、PoC実施は4件、そのうち事業化に進んだのはゼロだった。

彼は疲弊しきった表情でこう言った。「イベントに行くのが仕事になっていた。情報収集という名目で参加しているが、何を収集しているのか自分でも分からなくなっていた」。個人の能力の問題ではない。「出会いの数」を成果指標にした時点で、事業創出とは無関係な活動に工数が流れることは構造的に予測可能だ。KPI設計と権限設計が事業成果を左右する。

マッチングイベントが事業化に至りにくい3つの構造的要因

運営会社のインセンティブが「マッチング数」に紐づいている

マッチングイベントやアクセラレーター運営会社の収益モデルは、「マッチング数」「参加企業数」「イベント開催数」に紐づいている。そのマッチングが実際に事業化するかどうかには、経済的インセンティブが存在しない。これは古典的なエージェンシー問題(代理人問題)だ。

運営会社にとっての合理的行動は、一件でも多くのマッチングを成立させ、華やかなプレスリリースを出し、契約を更新することにある。事業の成功ではなく、「場の盛り上がり」が彼らのKPIなのだ。この構造を理解した上で、発注側が成果連動型の設計を行う必要がある。

「情報収集」が目的化し、意思決定が先送りされる

大企業の参加者の多くは、スタートアップとの協業について最終的な投資判断を下す権限を持っていない。結果として、ピッチを聞き、名刺を交換し、社内にレポートを上げるという「情報収集」だけが繰り返される。スタートアップ側から見れば、意思決定者が出てこない大企業との商談は、時間と機会費用の浪費でしかない。優秀なスタートアップほど、決裁権のない担当者との面談を避けるようになり、結果としてイベントの質も低下する。

「Skin in the Game」の設計が不足している

真の協業には、双方がリスクを共有する「Skin in the Game(自腹を切る覚悟)」が不可欠だ。しかし、多くのオープンイノベーション施策では、大企業側は予算も人員もコミットせず、「まず話を聞いてみよう」という非コミットメントの姿勢で臨む。スタートアップ側も、大企業の検討スピードの遅さに疲弊し、形式的な協業合意書にサインするだけで実質的な進展がない案件が量産される。

リスクを誰も負わない構造では、誰も本気にならない。Skin in the Gameを組織設計に組み込むことが、本気度を担保する鍵になる。

「情報収集」から「投資判断」への転換設計

オープンイノベーションを実効性のある仕組みに変えるには、組織の構造を変える必要がある。

まず、イベント参加ではなく「投資判断」を成果指標にする。 ピッチイベントへの参加回数や名刺交換数ではなく、「PoC投資を実行した件数」「共同開発契約に進んだ件数」をKPIとして設定する。

参加者に意思決定権限を持たせる。 事業部長クラス以上の決裁者がイベントに直接参加するか、担当者に一定金額以下のPoC投資の決裁権を事前に委譲する。スタートアップとの商談が「持ち帰り」で終わる構造を断ち切ることだ。

運営会社への報酬を成果連動型に変更する。 マッチング数ではなく、「事業化フェーズに進んだ案件数」や「売上貢献額」に報酬を連動させれば、運営会社のインセンティブは「場の盛り上がり」から「事業の成功」へとシフトする。

この構造的課題に心当たりがある人

年間数十回のピッチイベントに参加しているが、具体的な事業成果が出ていないオープンイノベーション担当者。 問題は個人の営業力ではなく、成果指標と権限設計の構造にある。

スタートアップとの協業が「PoC止まり」で事業化に進まないと悩んでいる事業開発部門の管理職。 PoC後の意思決定プロセスと投資基準が未設計であることが原因の可能性が高い。

オープンイノベーション施策のROIを問われて回答に窮している経営企画部門の人。 イベントの参加実績ではなく、事業化に至る構造設計の有無を評価基準にすべきだ。すでに投資判断プロセスを明確化し、スタートアップとの協業を事業化まで一貫して推進できている組織には、本記事は該当しない。

まず次のイベントに「決裁者」を連れていこう

最もシンプルで即効性のあるアクションは、次のピッチイベントに、PoC投資の意思決定ができる決裁者を同行させることだ。担当者だけが参加して「持ち帰り」を繰り返す構造を、一回でも断ち切ってみてほしい。その場で「やる・やらない」の判断が下される経験が、組織の本気度を根本から変えるきっかけになる。

INNOVATION VOYAGEの「組織デザイン」カテゴリでは、イノベーションを機能させるための評価制度・意思決定構造・権限設計を分析している。オープンイノベーション以外の組織課題も合わせて読むことで、自社の施策を構造的に見直す視点が得られる。


関連するインサイト

イノベーションの構造的理解については「イノベーションを構造から理解する――定義・失敗の原因・成功の条件を徹底解説」で体系的に解説している。


参考文献

  • ヘンリー・チェスブロウ『オープンイノベーション——組織を越えたネットワークが成長を加速する』英治出版(2008年)
  • 経済産業省「大企業×スタートアップのオープンイノベーション ―その実践と課題―」(2019年)
  • Michael C. Jensen & William H. Meckling, “Theory of the Firm: Managerial Behavior, Agency Costs and Ownership Structure,” Journal of Financial Economics, Vol.3, No.4 (1976)

INNOVATION VOYAGE 編集部

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