「どうすれば売上を上げられるか」を超える問いの設計
新規事業の会議で最も頻繁に発せられる問いは「どうすれば売上を上げられるか」「どうすれば市場シェアを取れるか」だ。一見、合理的な問いに見える。しかし、この問いの射程は構造的に短い。なぜなら、既存の商流・既存の顧客・既存の市場を前提とした「改善」の域を出ないからだ。
一方、「そもそも、なぜ顧客は我々から買う必要があるのか」「この業界が10年後に存在しているとすれば、それはなぜか」という問いは、前提そのものを対象化し、思考を非連続な次元に引き上げる。AIの台頭により「既知の問いに対する正解の検索コスト」は極限まで低下している。正解を導く能力の価値は急速に下がり、人間知性に残された核心的な機能は「問いそのものを生成する能力」になりつつある。
新規事業の成否を決めるのは答えの質ではなく、問いの質だ。
「問い」を変えたら5年間ゼロだった新規事業承認が動き出した
筆者が関わったある金融機関では、過去5年間で10件の新規事業提案がすべて却下されていた。却下理由を分析すると、ほぼすべての案件に共通する一言があった。「前例がない」。審査委員会で発せられるこの「問い」——正確には「問いの不在」——が、組織の思考射程を完全に支配していた。「前例はあるか」という問いは、過去のデータベースから類似パターンを検索する作業を誘発する。当然、新規事業に前例は存在しない。結果、すべてが却下される。
筆者がその組織に提案したのは、審査委員会の冒頭で発する「問い」を変えることだった。「この提案のリスクは何か」を「この提案がうまくいった場合、我々は何を手にするか。そしてそれを手にしないリスクは何か」に変えた。問いが変わった途端、議論の質が劇的に変化した。不作為のリスク(何もしないことで失う機会)が可視化され、5年間ゼロだった承認件数が翌年3件になった。
問いの質が思考の射程を決める3つのメカニズム
「前提を問う問い」が固定観念に亀裂を入れる
膠着した現状を動かすには、「認知的不協和」を意図的に誘発する「前提を問う問い」が必要だ。「我々が『顧客のため』と言って行っている業務のうち、顧客が金を払ってでも残してほしいと思うものはいくつか」「このプロジェクトが明日消滅したとして、世界は何を失うのか」。これらの問いは、組織が無意識に維持している正当化の論理を明らかにし、活動の価値を正面から検証する。
前提を問う問いは強力であり、心理的安全性が担保されていない環境では逆効果になるが、適切に使えば、組織が長年放置してきた「見て見ぬふり」の領域に光を当てることができる。
「水平思考の発火」が非連続な飛躍を生む
論理的な思考(垂直思考)は既存の枠組みの中で正解を深掘りするには適しているが、枠組みそのものを飛び越えるイノベーションを生むことは稀である。水平思考を誘発するには、脳の自動的な検索回路をショートさせる「異化効果」を持つ問いが有効だ。
「もし我々の組織がジャズバンドだとしたら、今の会議は何の演奏に当たるか」という問いは、参加者を強制的に異なるドメインの思考に引き込む。この「翻訳プロセス」において、論理的思考では見落としていた構造的な特徴や新しい可能性が発見される。
また、「どうすれば顧客を激怒させ、二度と来させないようにできるか」という逆転の問いは、普段は意識されない「顧客満足の阻害要因」を鮮明に浮かび上がらせる。
「時間解像度の操作」が未来を手繰り寄せる
多くの組織の「未来」は、「ビジョン」や「目標」という抽象的な言葉で語られるに留まり、具体的な質感を伴っていない。「プロジェクトが大成功した3年後、祝杯をあげている場面を想像してほしい。そこで我々は何を語り合っているか」「その時、顧客はどんな表情で製品を手に取っているか」。これらの問いは、未来を「予測の対象」から「記憶の対象(未来記憶)」へと変換する。脳は具体的で鮮明なイメージに対して、より強い動機付けと実現可能性を感じる。
鮮明な未来像が描けたなら、「その未来が実現するために、絶対に起きていなければならない3つの出来事は何か」「その未来のために、今日何をやめるか」というバックキャストの問いが、抽象的なビジョンと具体的なアクションを接続する。
来週の会議で「問い」を一つ変えてみる
問いの質を高めるために、大がかりな施策は不要だ。 まず、次の会議の冒頭で「前提を問う問い」を一つ投げる。 「そもそも、この会議で議論すべき本当の問いは何か」から始めるだけで、議論の質が変わる。多くの会議は「答え」を出すことに急ぎすぎて、「問い」自体を検証しない。
「Q-Storming(問いのブレスト)」を試す。 解決策ではなく「問い」だけを出し続ける15分間のセッションを設ける。「このプロジェクトにおける最も危険な問いは何か」「最もワクワクする問いは何か」を出し合い、問いの質を高めてから解決策の検討に入る。
「10秒ルール」を導入する。 重要な問いを投げた後、最低10秒は沈黙を守る。深い問いほど脳の処理に時間がかかる。沈黙に耐えられず自分で答えを言ってしまう場面を減らすだけで、チームの思考の深度は上がる。
「問いの質」を高めたい人のために
本記事が最も価値を持つのは、以下の状況にある人だ。 新規事業の検討会議が「既存の枠組みの中での議論」に終始し、突破口が見えない事業リーダー。 議論の質は問いの質に依存している。問いを変えることが、最もレバレッジの高い介入になる。
社内のアイデア発想セッションがマンネリ化し、似たような提案しか出てこないイノベーション推進担当者。 「答え」を求めるブレインストーミングから「問い」を求めるQ-Stormingへの転換が、発想の射程を広げる。
「前例がない」「リスクが高い」で新規提案が通りにくい組織文化の中で道を探している担当者。 審査基準に「問いの質」を組み込むことで、既存の評価フレームから脱却する道が開ける。すでに組織的に「問いのデザイン」を実践し、評価制度に組み込んでいる場合は、本記事は確認として機能する。
まず「我々が問うべき本当の問い」を書き出せ
最初のアクションとして、現在進行中のプロジェクトについて「我々が今問うている問い」と「本当に問うべき問い」を並べて書き出してほしい。多くの場合、前者は「How(どうやって)」から始まり、後者は「Why(なぜ)」や「What if(もし〜だったら)」から始まる。
この「問いのギャップ」を可視化するだけで、プロジェクトの方向性が変わる。INNOVATION VOYAGEの「手法と理論」カテゴリでは、思考法の転換が新規事業の成否を分けた事例を検証している。問いのデザイン以外の手法も含めて、多角的に読んでほしい。
関連するインサイト
イノベーションの構造的理解については「イノベーションを構造から理解する――定義・失敗の原因・成功の条件を徹底解説」で体系的に解説している。
参考文献
- 安斎勇樹・塩瀬隆之『問いのデザイン——創造的対話のファシリテーション』学芸出版社(2020年)
- Edward de Bono, Lateral Thinking: Creativity Step by Step, Harper & Row (1970)(邦訳:『水平思考の世界』きこ書房)
- Leon Festinger, A Theory of Cognitive Dissonance, Stanford University Press (1957)
INNOVATION VOYAGE 編集部
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