「優秀な人が来ない」はなぜ起きるのか
新規事業部門の責任者が最も頻繁に口にする課題の一つが、「優秀な人材が来ない・来ても早く去る」という問題だ。
6年以上におよぶ日本最大級の新規事業担当者コミュニティの運営・観察に基づくと、この問題を「採用の失敗」として処理している組織ほど、同じ問題を繰り返す傾向がある。課題の本質は採用ではなく、配属後の「組織設計」にある。
しかし、これを「優秀な人が新規事業に関心がない」と解釈するのは誤りだ。就職活動の調査データを見ると、若い世代ほど「事業創造に関わりたい」「新しいことをやりたい」という意向は強い。そして実際の転職市場では、スタートアップに移る優秀な人材は後を絶たない。
優秀な人材が「大企業の新規事業部門」を選ばないのは、新規事業への関心がないからではなく、「大企業の新規事業部門への配属」が合理的選択にならない設計になっているからだ。
この現象を「イノベーション人材の瓶詰め現象」と呼ぶ。有能な人材が新規事業という「瓶」に入らず、瓶の外(既存事業や他社)に流れ出ていく状態だ。
「合理的な忌避」の4つの構造的原因
優秀な人材が新規事業部門を避けるのは、合理的な判断の結果だ。その合理性を支える4つの構造的原因を整理する。
原因1:失敗が人事評価に残る
大企業の人事評価制度の多くは、「成功した実績」と「失敗した実績」を非対称に記録する。成功は評価に加算されるが、失敗は「リスクある人材」というラベルとして記憶される。
新規事業は、本質的に失敗する確率が高い。統計的に見れば、新規事業の7〜9割は失敗する。優秀な人材がこの現実を認識しているなら、新規事業への参加は「失敗リスクを自発的に引き受ける行動」として映る。
「新規事業で失敗した後のキャリアパス」が見えない組織では、優秀であるほど新規事業を避ける。 自分の将来のキャリアへのリスクを正確に計算した結果が、「既存事業の安定ポジション」への選択として現れる。
原因2:新規事業の成功が昇進に結びつかない
「新規事業を成功させれば、それに見合った報酬とポジションが与えられる」という確信がなければ、成功へのインセンティブは機能しない。
しかし多くの大企業では、新規事業の成功が人事上の評価に明確に結びついていない。「新規事業を立ち上げた実績」より「大きな既存事業の管理実績」の方が、昇進判断で重視される。管轄する売上規模・人員数が昇進の指標として機能する組織では、「小さい事業を立ち上げた人」より「大きい事業を管理した人」が上に行く。
インセンティブ構造が既存事業の維持・拡大を最適化しているとき、優秀な人材はその構造に従って行動する。 新規事業を選ぶことは、この最適化からの逸脱だ。
原因3:新規事業部門への異動が「傍流」シグナルを持つ
組織内での「メインストリーム」と「サブストリーム」の区分は、明文化されていなくても存在する。どの部門が「出世コース」で、どの部門が「そうでないか」は、実際の人事異動パターンを見れば明らかだ。
多くの大企業で、新規事業部門は「傍流」に分類される。新規事業部門への異動が「飛ばされた」と解釈されるのか「機会として選ばれた」と解釈されるのか——この文化的な解釈は組織のメッセージングによって決まる。
経営トップが「うちの優秀な人材は新規事業に関わらせる」と言葉で語っても、実際の人事で「既存事業の安定した実績者」が要職に就くパターンが続くなら、言葉より行動が文化を作る。
原因4:「有能」の定義が既存事業のスキルセットに最適化されている
採用・評価で用いる「有能さ」の基準が、既存事業の運営に最適化されたスキルセットになっている場合、新規事業に必要なスキルは「有能さ」として認識されない。
プレゼンの質、分析の精度、組織内の調整力——これらは既存事業の運営に有効なスキルだ。しかし新規事業に必要なのは、「仮説を素早く設定し、低コストで検証し、棄却する能力」「顧客の言語化されていないニーズを察知する能力」「失敗を次の仮説に変換する能力」だ。
評価制度が既存事業の「有能さ」を測るものである限り、新規事業の「有能さ」を持つ人材は評価されず、引き留められない。
「優秀な人がいない」ではなく「来ない構造になっている」
前述の4つの原因は、いずれも組織の設計の問題であり、個人の選択の問題ではない。
スタートアップの創業者やCXOを経験した人材が「なぜ大企業の新規事業部門ではなくスタートアップを選んだか」を聞くと、能力の問題ではなく構造の問題を語ることが多い。「成果が評価される仕組みがある」「意思決定の速度が自分の動機と合っている」「失敗が次のチャンスに変わる文化がある」——これらはすべて、組織設計の問題だ。
逆に言えば、組織設計を変えることで「優秀な人が来る構造」を作ることは原理的に可能だ。
「瓶詰め現象」を解消する設計変更
設計変更1:新規事業専用の「評価除外制度」を設ける。 新規事業フェーズ(例:PMF達成まで)の活動は、通常の人事評価体系から除外する。失敗が評価に残らない制度的保証があって初めて、リスクを取る合理性が生まれる。失敗を「経験資産」として記録する仕組みも有効だ。
設計変更2:新規事業の成功を「出世コース」の実績として明示する。 言葉ではなく、実際の人事でメッセージを発する。新規事業を成功させた人材を、既存事業の安定実績者より優先してポジションに就ける事例を意図的に作る。人事は最大のコミュニケーションメディアだ。
設計変更3:「新規事業担当者」の採用基準を分離する。 既存事業の運営者と新規事業の担当者で、採用・評価の基準を分離する。新規事業担当者の採用では「仮説検証の経験」「失敗からの学習実績」「0→1の経験」を正式な評価基準として組み込む。
設計変更4:新規事業担当者の報酬を「ベンチャー的な上振れ」で設計する。 成功した新規事業の担当者が、事業の成果に応じた報酬を得られる仕組み(ファントムエクイティ、事業成果連動ボーナスなど)を設ける。スタートアップと直接競合する人材獲得では、報酬の設計思想を変えなければ構造的に不利だ。
新規事業担当者の評価制度の設計については「イノベーション・アカウンティング」を、社内起業家の動機管理については「社内起業家の孤立トラップ」を参照してほしい。
関連するインサイト
- 社内起業家の孤立トラップ
- 社内起業家の「退出パターン」— 成功しても去る構造的必然
- 両利きの経営が失敗する5つの構造的要因
- イノベーション・アカウンティング——「検証された学習量」で新規事業を管理する方法
参考文献
- Amabile, T. M. Creativity in Context, Westview Press (1996)
- Boudreau, K. J. & Lakhani, K. R. “Using the Crowd as an Innovation Partner,” Harvard Business Review (April 2013)
- Deci, E. L. & Ryan, R. M. “Self-Determination and Intrinsic Motivation in Human Behavior,” Psychological Bulletin (1985)
- 経済産業省「新規事業創造に向けた人材確保・育成のあり方に関する調査報告書」(2021年)
- 入山章栄『世界標準の経営理論』ダイヤモンド社(2019年)
INNOVATION VOYAGE 編集部
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