「妄想」を事業に変える技術——ビジョン思考の4ステップ実践法
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「妄想」を事業に変える技術——ビジョン思考の4ステップ実践法

デザイン思考でもロジカル思考でもたどり着けない「0→1」の突破口は、個人の主観的な妄想にある。ビジョン思考の4段階プロセスと組織への実装法を解説する。

ビジョン思考 妄想駆動 アート思考 SFプロトタイピング バックキャスティング

「顧客の声」と「データ」の先にある0→1のアプローチ

デザイン思考は「顧客の声」から始まる。ロジカル思考は「データ」から始まる。どちらも既存の市場に対しては強力な武器だ。しかし0→1——まだ顧客が存在せず、市場データも存在しない領域——では、この二つは構造的に機能しない。顧客インタビューをすれば「今困っていること」の改善案しか出ず、市場分析をすれば「すでにプレイヤーがいる領域への参入遅れ」という結論しか出ない。

経済産業省の調査によれば、日本企業の新規事業プロジェクトのうち、既存事業の延長線上にない「非連続な事業」を生み出せた割合はわずか7%だ。多くの企業が「何を作るべきか」が分からないまま、デザイン思考ワークショップとフレームワーク分析の間を往復し、結局は既存事業の微修正に着地している。

この停滞を突破する鍵は、客観的なデータでも顧客の声でもない。個人の内側にある「主観的な妄想」だ。

「次の柱」を探して3年、デザイン思考でもロジカル思考でもたどり着けなかった

ある化学素材メーカーの事業開発部門で、筆者は「次の収益の柱」を模索するプロジェクトに関わった。まずデザイン思考のアプローチで顧客インタビューを100件実施した。得られたのは「納期をもう1日短くしてほしい」「サンプルの最小ロットを下げてほしい」といった改善要望ばかりで、売上インパクトは既存事業の3〜5%にとどまる小粒な施策に終わった。

次にロジカル思考で市場分析に切り替え、成長市場をMECEに洗い出した。だが、有望な市場にはすでに先行者がおり、「3年遅れの参入」という結論ばかりが積み上がった。3年で消化した予算は8,000万円。チームの士気は底を打っていた。

転機は、ある若手研究者が「もし分子レベルで建築素材を設計できたら、住宅の概念が変わるのではないか」と会議で漏らした一言だった。データにも顧客の声にも存在しなかった「妄想」が、プロジェクトの方向を根本から変えた。

ビジョン思考の4段階サイクル——妄想を事業に変換する技術

1. 妄想(Vision)の解放——「もし何でもできるなら」を問う

佐宗邦威が提唱するビジョン思考の第一段階は「妄想の解放」である。理性のタガを外し、「もし技術的・資金的な制約が一切なかったら、世界をどう変えたいか」を問う。手法として有効なのがジャーナリングだ。毎朝15分、「もし何でもできるとしたら」をテーマに手書きで自由に書く。3週間続けると、内発的動機——自分が本当に実現したいこと——が浮かび上がってくる。シュンペーターの「新結合」の概念が示す通り、イノベーションとは既存要素の新しい組み合わせであり、その起点は個人の主観的なビジョンにある。

2. 知覚(Perception)——妄想の解像度を上げる

妄想を言語化しただけでは、まだ抽象的すぎて事業にはならない。第二段階では「感知→解釈→意味づけ」の流れで妄想の解像度を高める。具体的な手法は「妄想を絵に描く」ことだ。言語は論理的な制約を受けるが、絵は非論理的な飛躍を許容する。

Verganti(2009)が指摘する通り、意味のイノベーションは「ユーザーの観察」ではなく「意味の再定義」から生まれる。妄想を視覚化することで、自分でも気づいていなかった欲求や前提が表面化する。

3. 組替(Recombination)——妄想を構造化する

妄想の解像度が上がったら、それを構造化する。ここで有効なのがマンダラートだ。中心に妄想のコアコンセプトを置き、周囲8マスに関連要素を展開する。さらに各要素を中心に据えて8マスずつ展開すると、妄想が64の具体的要素に分解される。この過程で異分野の知見との新結合が生まれる。先述の化学メーカーでは「分子設計×建築」に加え、「断熱性能×エネルギー収支ゼロ住宅」「自己修復素材×100年住宅」といった新結合が64マスの中から複数発見された。

4. 表現(Expression)——SFプロトタイピングで物語化する

最後のステップは、構造化された妄想を「物語」として表現することだ。SFプロトタイピングでは、妄想が実現した未来を短編小説のように描写する。重要なのは完成度よりスピードである。1ページのSFストーリーを1週間で書き、チームで共有し、フィードバックを得て翌週に改訂する。このイテレーションを繰り返すことで、妄想は次第に事業仮説へと凝縮されていく。

評価指標も従来のOutput(売上・利益)ではなく、Input(試行回数)とOutcome(学習量)に置くべきである。0→1フェーズでは「いくつ妄想を言語化し、いくつ検証したか」が正しいKPIとなる。

ビジョン思考は万能ではない。0→1フェーズでは「アート思考(妄想起点)」、1→10フェーズでは「デザイン思考(顧客起点)」、10→100フェーズでは「ロジカル思考(データ起点)」——フェーズに応じた使い分けが不可欠だ。

月曜日から始める3つの実践——妄想を事業仮説に変える最初の一歩

ビジョン思考の導入に大がかりな組織改革は不要だ。来週から始められる。

チームで「もし何でもできるなら」会議を開く。 30分間、技術的・資金的制約を一切排除し、「実現したい世界」だけを語り合う。実現可能性の議論は禁止。これだけで、普段は口にされない「妄想」が表面化する。

マンダラートで妄想を構造化する。 会議で出た最も魅力的な妄想を中心に据え、64マスを埋める作業をチームで行う。異なるバックグラウンドのメンバーが参加するほど、新結合の密度が上がる。

SFストーリーを1ページ書く。 その妄想が実現した2035年の世界を、具体的な登場人物と場面描写を含めて描く。完成度は問わない。「書く」という行為が、妄想を検証可能な仮説に変換する最初のトリガーになる。

0→1の突破口を探している人のために

本記事が最も価値を持つのは3種類の人だ。

デザイン思考やロジカル思考を実践してきたが、0→1の非連続な事業アイデアにたどり着けず行き詰まっている事業開発リーダー。 手法の使い方の問題ではない。思考の起点——客観データか主観的妄想か——の問題だ。

新規事業の「テーマ設定」で何ヶ月も停滞しているチーム。 テーマは市場から見つけるものではなく、個人の内発的動機から立ち上げるものだ。この視点の転換だけで、停滞が打破されることがある。

「面白いアイデアはあるが、論理的に説明できない」と感じて提案を躊躇している若手社員。 ビジョン思考は「論理で説明できないもの」にこそ価値があると主張する。妄想を語ることを正当化する理論的根拠がここにある。

まず「もし何でもできるとしたら」を30分だけ考えてみよ

まず一人で30分、ノートとペンだけを持ち、「もし何でもできるとしたら、どうなったらいいか?」を書き出してほしい。制約条件は一切排除する。技術的に不可能でも、資金的に非現実的でも、社内で通るはずがなくても構わない。

重要なのは、自分の内側にある「本当に実現したいこと」に触れることだ。書き出した妄想の中に、データや顧客の声からは決して導出されない0→1の種が必ず見つかる。

INNOVATION VOYAGEの「手法と理論」カテゴリでは、思考法の転換が新規事業を動かした事例を多角的に検証している。ビジョン思考に限らず、問いのデザインやフレームワークの活用法も含めて参照してほしい。


関連するインサイト

イノベーションの構造的理解については「イノベーションを構造から理解する――定義・失敗の原因・成功の条件を徹底解説」で体系的に解説している。


参考文献

  • 佐宗邦威『直感と論理をつなぐ思考法 VISION DRIVEN』ダイヤモンド社(2019年)
  • Roberto Verganti, Design Driven Innovation: Changing the Rules of Competition by Radically Innovating What Things Mean, Harvard Business Press (2009)
  • Joseph A. Schumpeter, The Theory of Economic Development, Harvard University Press (1934)(邦訳:『経済発展の理論』岩波文庫)

INNOVATION VOYAGE 編集部

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