「実績は積み上がるのに、何も変わらない」という違和感
今年もハッカソンを開催した。PoCは12件実施した。イノベーション予算の消化率は98%だ。経営会議への報告資料は毎年ぶ厚くなっていく。事業が変わった証拠は、その資料のどこにも書かれていない。
即答できない担当者が多い。ハッカソンの開催数、アイデア提出件数、PoC実施件数といったアウトプット指標は、対外的な「イノベーションに力を入れている」という説明責任を毎年着実に果たす。一方で、それらの活動から実際に事業化に至った案件、あるいは既存事業の意思決定プロセスや資源配分ルールが変わった痕跡は、ほとんど見当たらない。
現場には「またこれか」という白け感が漂う。四半期に一度の社内ピッチ大会で優勝したチームの写真が社内報の一面を飾り、半年後にそのチームがどこで何をしているかを追跡している人はもういない。担当者はそれを自分の実行力不足だと感じがちだ。だが、個人の問題ではない。可視的な活動そのものが、実質的な構造変革の代替物として組織内で選好されてしまう。そういう力学が働いている。
なぜ「見える活動」が「変わる構造」より選好されるのか
組織社会学者のジョン・マイヤーとブライアン・ローワンは1977年の論文「Institutionalized Organizations: Formal Structure as Myth and Ceremony」で、組織が特定の構造や制度を採用する理由は、必ずしもその効率性ではないと指摘した。効率のためではない。組織は外部の利害関係者——投資家、規制当局、業界の常識——から「正当である」と見なされるために、社会的に承認された形式を取り入れる。その形式は実際の業務プロセスとは切り離されたまま、儀礼として存続することがある。
イノベーションラボの設置、ハッカソンの開催、アイデアコンテストの運営は、まさにこの「儀礼」の条件に当てはまりやすい。取締役会や株主、採用市場に対して「変革に取り組んでいる」というシグナルを発信する機能を果たす一方で、既存事業の評価制度や権限配分のルールとは切り離されたまま運用できてしまう。むしろ切り離されているからこそ、既存事業側の抵抗を招かずに素早く着手できる、という皮肉な使いやすさがある。
Innovation Theaterの実証——可視性が実質を代替するメカニズム
この現象には、既に名前がついている。イノベーション専門メディアInnovation Leaderの創業者スコット・カースナーが提唱した”Innovation Theater”だ。カースナーは企業幹部への調査を通じて、調査対象企業の大半がイノベーション活動に相応の予算と人員を投じている一方で、その活動の大半が既存事業のP/Lに測定可能な影響を与えていないという実態を繰り返し指摘してきた(数値そのものより、この乖離が「例外」ではなく「常態」として観測され続けている点が重い)。
ダートマス大学タック経営大学院のヴィジェイ・ゴビンダラジャンは、共著書『The Other Side of Innovation』(2010年)で別の角度から同じ構造を説明した。既存事業を回す「パフォーマンス・エンジン」と、新規事業を担う「専任チーム」は、根本的に異なる評価基準・時間軸・意思決定様式で動く必要がある。ところが多くの企業は専任チームだけを目立つ形で設置し、パフォーマンス・エンジン側の評価制度や資源配分ルールには一切手を付けない。専任チームは見える。パフォーマンス・エンジンは変わらない。可視的な専任チームの存在そのものが「変革している証拠」として機能し、既存事業側の構造は温存され続ける。
評価指標の構造的欠陥——アウトプット指標が目的を裏切る
追い打ちをかけるのが、評価指標そのものの構造だ。経済学者チャールズ・グッドハートが1975年に金融政策の文脈で示した経験則——「測定値が目標になった瞬間、それは良い測定値ではなくなる」という定式化は、人類学者マリリン・ストラザーンが1997年に大学監査制度の研究の中で与えたもので、グッドハートの法則として広く知られる。「ハッカソン開催数」や「PoC実施件数」を目標に据えると、件数を稼ぐこと自体が目的化する。この機序と回避のための指標設計原則は、グッドハートの法則とイノベーションKPI——指標が目標になるとき、何が壊れるかで詳しく論じた。
ここで押さえておきたいのは、指標の劣化が単なる評価設計のミスではないという点だ。指標が壊れるのは、設計者が無能だからではない。可視的な活動を正当性の証拠として選好する制度的圧力——前節で見た「儀礼としての形式」を求める力学——の下流で、指標もまた「見える化」というシアターの小道具として機能するよう、最初から選ばれているからだ。
劇場を降りるには——「活動量」から「構造変化」へ評価軸を転換する
劇場から降りる第一歩は、施策そのものをやめることではない。ハッカソンやPoCが無価値だという話ではなく、それらを測る指標を「見える化指標」と「構造変化指標」の二層に分けて報告することだ。
見える化指標は開催数・件数・予算消化率であり、対外的な説明責任には引き続き必要になる。構造変化指標は、既存事業の評価制度が実際に変わったか、新規事業に対する権限移譲が実行されたか、資源配分のルールが見直されたかを示す。この二層を意図的に分離し、後者がゼロのまま前者だけが積み上がっている状態を経営層自身が直視できるようにすることが、劇場化を止める最初の設計変更になる。
今年の報告書のうち、「構造が変わった」と言える証拠はいくつあっただろうか。開催数でも、件数でも、消化率でもなく。
関連するインサイト
- DX推進委員会のシアター化——機能不全の4パターンと再設計論
- DX KPIの構造的問題|測定できるものだけ測る罠
- グッドハートの法則とイノベーションKPI——指標が目標になるとき、何が壊れるか
- イノベーション・アカウンティング——「検証された学習量」で新規事業を管理する方法
参考文献
- Meyer, John W. & Rowan, Brian. “Institutionalized Organizations: Formal Structure as Myth and Ceremony.” American Journal of Sociology, Vol. 83, No. 2, 1977, pp. 340–363.
- Kirsner, Scott. Innovation Leader(イノベーション専門メディア・企業幹部調査),“Innovation Theater” 概念. https://www.innovationleader.com/
- Govindarajan, Vijay & Trimble, Chris. The Other Side of Innovation: Solving the Execution Challenge. Harvard Business Review Press, 2010.
- Goodhart, Charles A. E. “Problems of Monetary Management: The U.K. Experience,” Papers in Monetary Economics, Reserve Bank of Australia, 1975.
- Strathern, Marilyn. “Improving Ratings: Audit in the British University System.” European Review, Vol. 5, No. 3, 1997.
INNOVATION VOYAGE 編集部
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