GLOSSARY

ビジネスモデルキャンバス(BMC)

読み: びじねすもでるきゃんばす

Alexander OsterwalderとYves Pigneurが2010年に体系化した、事業の構造を9つのブロックで可視化するフレームワーク。顧客・価値提案・収益構造を1枚のシートで俯瞰する。

「事業を9つのブロックで語る」フレームワークの登場

ビジネスモデルキャンバス(Business Model Canvas、BMC)は、Alexander OsterwalderとYves Pigneurが2010年の著書『Business Model Generation』で発表した、事業の構造を9つの構成要素で可視化するフレームワークだ。1枚のA3用紙(またはホワイトボード)に書き込むことで、事業全体の構造を俯瞰できるよう設計されている。

登場以降、500万部を超えるベストセラーとなり、スタートアップから大企業まで世界中の事業開発現場で活用されている。日本でも「ビジキャン」と略されるほど普及し、新規事業の書類や提案書に添付されることが多い。

普及の広さに比例して、「BMCを埋めること」が目的化し、本来の意図から外れた使われ方が増えている。

9つのブロックの構造と相互関係

BMCの9ブロックは、右側が「価値の創造と届け方」、左側が「コストとオペレーション」、中心が「価値提案」という構造になっている。

**価値提案(Value Propositions)は9ブロックの中心に位置する最重要要素だ。「顧客のどんな課題・ニーズを、なぜ自分たちのソリューションが解決できるか」**を定義する。他のすべてのブロックは価値提案を軸に設計される。価値提案が曖昧なまま他のブロックを埋めても、全体の整合性が保てない。

顧客セグメント(Customer Segments)は、誰に価値を届けるかを定義する。「大企業の経営者」ではなく「成長フェーズのSaaS企業でCHROの役割を持つ人」というレベルまで具体化することで、価値提案との整合性が検証できる。

チャネル(Channels)は価値提案を顧客に届ける経路。顧客がどこで情報を得て、どこで購入を決断し、どのようにサービスを受け取るかという全体の経路を設計する。デジタル・物理・パートナー経由など、複数のチャネルを組み合わせることが多い。

顧客との関係(Customer Relationships)は、顧客との接点の質を定義する。セルフサービス型(アプリだけで完結)なのか、担当者が伴走するハイタッチ型なのかによって、コスト構造と顧客体験が大きく変わる。

収益の流れ(Revenue Streams)は、どこから・どのような形でお金を受け取るかを定義する。単発購入・定期購読・使用量課金・ライセンス・手数料など、収益モデルの形態は多様であり、同じ価値提案でも収益設計によって事業の持続可能性が変わる。

主要リソース(Key Resources)は事業を成立させるために必要な資産。物理・知的財産・人材・資金のカテゴリがある。

主要活動(Key Activities)は価値提案を実現するために必要な活動の中で最も重要なもの。製造業なら生産管理、SaaSならプロダクト開発、マーケットプレイスならネットワーク効果の維持が主要活動になる。

主要パートナー(Key Partnerships)は外部から調達するリソース・活動の担い手。自前主義を超えて、どこをパートナーに委ねるかの設計だ。

コスト構造(Cost Structure)は事業を運営するための主要なコストの分類。固定費と変動費の比率、規模の経済が働くかどうかが事業モデルの持続可能性に影響する。

9ブロックを「埋める」だけでは意味がない

BMCの最大の誤用は「全ブロックを埋めることが目的」になることだ。BMCは「現状の事業を記述するツール」ではなく、「事業の仮説を可視化し、整合性を検証するツール」として設計されている。

9ブロックを埋めた後に確認すべき問いは「整合しているか」だ。例えば、「顧客セグメントは大企業のCFOだが、チャネルはSNS広告のみ」という設計は整合しない。「価値提案は高品質なカスタマイズサービスだが、収益モデルは低価格の定額制」という設計も整合しない。9ブロックの間の矛盾や非整合を発見することがBMCの本来の価値だ。

もう一つの誤用は「一度書いたら固定する」という使い方だ。BMCはスタートアップが週単位でピボットを繰り返す中で、「今の仮説の最新版」として常に更新されるべきものだ。壁に貼ったBMCが1年間変わっていない場合、事業が成長していないか、BMCが仮説検証に使われていないかのどちらかを疑う必要がある。

バリュー・プロポジション・キャンバスとの組み合わせ

Osterwalderらは後続として「バリュー・プロポジション・キャンバス(VPC)」も開発している。BMCの「価値提案」と「顧客セグメント」の2ブロックを拡張し、「顧客のJob(ジョブ)・Pain(ペイン)・Gain(ゲイン)」と「製品・機能・利益・ペイン解消」の対応関係を詳細に設計するツールだ。

BMCが事業全体の構造設計に使われるのに対し、VPCは価値提案の解像度を上げるために使われる。事業開発の初期フェーズでは、BMCで全体構造を設計しながら、VPCで価値提案の具体性を高めるという組み合わせが有効だ。

フレームワークの過信と罠についてはフレームワーク中毒——コンサル思考が「ゼロイチ」を殺すで鋭く論じている。ビジネスモデルを実際に検証するプロセスについてはリーンスタートアップの項目と合わせて読んでほしい。

BMCが特に機能する場面

新規事業の初期段階で「事業の全体像を共有したい」場面では、BMCはコミュニケーションツールとして機能する。長い事業計画書より1枚のBMCのほうが、事業の構造と仮説を素早く共有・議論できる。

複数の事業モデルオプションを比較する場面でも有効だ。「直販モデルvs.代理店モデル」「フリーミアムvs.定額制」など、異なる設計の事業を並べて比較するとき、BMCは比較の軸を揃えるための共通言語になる。

既に事業が安定した成長フェーズに入り、ビジネスモデルの構造が検証済みの企業には、BMCの新規性は低い。「発見」ではなく「実行」のフェーズにある組織には、別のツールが適している。


参考文献

  • Osterwalder, A. & Pigneur, Y. Business Model Generation, Wiley (2010)(邦訳:『ビジネスモデル・ジェネレーション』翔泳社)
  • Osterwalder, A., et al. Value Proposition Design, Wiley (2014)(邦訳:『バリュー・プロポジション・デザイン』翔泳社)
  • Osterwalder, A., et al. Testing Business Ideas, Wiley (2019)(邦訳:『テスティング・ビジネスアイデア』翔泳社)
  • Maurya, A. Running Lean: Iterate from Plan A to a Plan That Works, O’Reilly Media (2012)

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