CINO(最高イノベーション責任者)の権限不全——「最高」という肩書きが持てない権力の構造的理由
組織設計

CINO(最高イノベーション責任者)の権限不全——「最高」という肩書きが持てない権力の構造的理由

多くの大企業がCINOを設置するが、多数が権限なき役割に終わる。その原因は個人の能力ではなく、CXO階層の中でCINOが置かれる構造的位置づけにある。

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「最高責任者」が責任を持てない構造

CXOの列に「CINO(Chief Innovation Officer)」が加わるようになったのは2010年代半ばだ。McKinseyやDeloitteのレポートが「イノベーション推進には専任の経営幹部が必要」と繰り返し主張し、多くのグローバル企業が追随した。

しかし実態は、名称の格を組織権限が伴わないケースが続出した。コダックは2000年代初頭にイノベーション担当の上級役員職を設けたが、フィルム事業の保護を優先する既存の経営構造の中で、デジタル移行に必要な大胆な資源配分を決断する権限を持てなかった。結果はよく知られている通り、2012年の経営破綻だ。

CINOの権限不全は、個人の能力の問題ではない。構造的に「権力を持てない役割」として設計されていることが原因だ。

権限トライアングルの欠落

組織論において、実行権限は三つの軸で測られる:予算権限、人事権限、そして意思決定に対する拒否権(または優先権)だ。

CINOが置かれる典型的な状況を見ると、これらが揃わないことが多い。

予算権限の問題: イノベーション部門の予算は、多くの場合CFO管轄の通常の事業予算プロセスを通じて配分される。CINOは「イノベーション投資の必要性を訴える」ことはできても、配分の最終決定権はCFOとCEOが握る。つまりCINOは予算の「申請者」であり「決定者」ではない。

人事権の問題: イノベーションプロジェクトに必要な人材を既存部門から引き抜く権限は、多くの場合CHROと各事業部長が持つ。CINOがプロジェクトへの参加を求めても、現場の上長が「本業が忙しい」と判断すれば人材は動かない。

拒否権の欠如: 既存事業が新規事業の顧客・チャネル・ブランドを侵食しようとする場面で、CINOはそれを止める権限を持たない。調整役として関係者の合意形成を図ることはできるが、構造的な拒否権は存在しない。

ソニーにおけるイノベーション推進体制の変遷

ソニーは2000年代初頭から中盤にかけて、複数のイノベーション推進組織を設立・改組した。「ソニー・ユニバーシティ」や「コーポレートR&D部門」など、横断的なイノベーション推進機能が作られたが、ウォークマン以降の破壊的製品を生み出せなかった時期が続いた。

平井一夫社長が2012年に打ち出した「One Sony」構想は、縦割りになっていた事業部門をCEO主導の統合ビジョンで束ねる試みだった。これは、独立した「イノベーション担当役員」を立てるよりも、CEOが直接イノベーション戦略を司令する形へのシフトを意味する。

この事例が示唆するのは、「CINOを設ける」という解答よりも「CEOがイノベーション戦略の実質的な最高意思決定者である」という設計の重要性だ。

「調整役」に落下するメカニズム

CINOが実権を持てない場合、役割は「調整役」に収束していく。これは意図的なものではなく、構造的な重力だ。

予算権限がなければ、他部門に資源を「お願い」するしかない。人事権がなければ、優秀な人材の参加を「魅力的な機会として提示」するしかない。拒否権がなければ、既存事業との衝突は「コンセンサスの形成」に頼るしかない。

これらすべての行動は「調整」だ。CINOの職務が調整主体に収束すると、実際の成果への貢献は間接的になり、評価が難しくなる。評価が難しい役割は予算獲得競争で不利になり、さらに権限が弱まる——この悪循環が、CINOポジションを設けたあとに廃止または名称変更する企業が後を絶たない根本原因だ。

機能するCINOの条件

CINOが実質的に機能した事例を遡ると、共通する条件がある。

ベスト・バイは2012年にHubert Jolyがターンアラウンド計画「Renew Blue」を主導した際、独立した「CINO」役職を設けなかった。テクノロジーとイノベーションに関わる戦略的意思決定はCEOが直接担い、CEO直近に集約する構造を選んだ。

アマゾンにCINOという役職は存在しないが、ジェフ・ベゾスが「新規事業への資源配分はCEOの最重要職務」として直接関与し続けたことが、AWS・Kindle・Alexaといった破壊的サービスの連続的な創出を可能にした。

これらの事例が示すのは、「CINOという役職の有無」よりも「イノベーション投資の意思決定権がどこにあるか」が本質的な問いだということだ。CINOを設けることで、CEOがイノベーション戦略から「手を離す」ことが正当化されるなら、それは解決ではなく問題の構造化に過ぎない。

設計の問いに還元する

CINO職を設けるかどうかの判断以前に、問うべき問いがある。

「イノベーション投資の優先順位と資源配分の最終決定者は誰か」。

この答えが「CEO」であれば、CINOはその実装サポーターとして機能し得る。しかしその場合、CEOが直接関与する構造的なメカニズム(週次の事業レビュー、直接的な予算配分権限の委譲など)が必要だ。

「CINO」であれば、前述の権限トライアングル(予算・人事・拒否権)を実質的に委譲するための組織設計変更が伴わなければ、役職は形式に終わる。

イノベーションは、肩書きではなく権力の設計問題だ。

荒井宏之 / INNOVATION VOYAGE

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