「今年もリーダーが育っていない」という繰り返し
毎年、人事部門は次世代リーダー育成プログラムを企画・実行する。外部講師による集合研修、360度フィードバック、海外研修、メンタリング制度、ジョブローテーション。予算は増え、プログラムは洗練されていく。しかし「プログラムを終えた受講者がリーダーとして機能している」という実感は乏しいまま、翌年のプログラムが始まる。
この繰り返しの根本には、一つの誤認がある——リーダーシップは教えられる能力だという前提だ。
リーダーシップ開発を「知識・技術の習得」として設計することの限界は、コルブの経験学習サイクル(Kolb, 1984)が指摘した問題と構造的につながっている。リーダーシップは経験を通じて発達するが、その経験は外部から設計・提供できない、という根本的な壁がある。
経験学習が「構造化できない」理由
コルブの経験学習サイクルは「具体的経験→内省的観察→抽象的概念化→能動的実験」の循環として知られる。このサイクルが機能するためには、学習者が本物の結果に直面する「具体的経験」が必要だ。
育成プログラムが設計する「経験」の多くは、本物の経験ではない。ケーススタディ、ロールプレイ、シミュレーション——これらは「経験に似た状況」ではあるが、「本物の結果」を持たない。部下が本当に困っているプロジェクトの指揮を執る、実際の事業判断を行い、その結果で評価される——そのような状況が持つ緊張感・不確実性・責任感は、設計された演習では再現できない。
リーダーシップの発達を促す経験とは、本物の困難と本物の結果を持つものに限られる。 この意味で、育成プログラムが提供できる「疑似経験」の効果には、構造的な上限がある。
もう一つの問題は、文脈依存性だ。Aという状況でのリーダーシップ経験は、BやCという状況への移転が保証されない。困難なプロジェクトを乗り越えた経験は、その文脈で有効なリーダーシップパターンを形成するが、異なる組織・チーム・業界では通用しない場合がある。リーダーシップは高度に文脈依存的であり、抽象的な技術として転移させることが難しい。
制度的阻害要因
経験学習の難しさに加えて、大組織が育成を阻害する制度的要因がある。
第一の阻害要因は、リスク回避的な「学習の場」設計だ。 本物のリーダーシップ経験は、失敗の可能性を含む。しかし多くの組織では、「重要なプロジェクトを若手・中堅に委ねること」は、失敗リスクとして扱われる。結果として、本物の学習機会は「十分に育った後」の人材にのみ与えられる。しかし「十分に育つ」ためには、本物の機会が必要だ——というパラドックスが生まれる。
第二の阻害要因は、観察者としての育成参加だ。 次世代リーダー育成プログラムで「経営会議の陪席」「重役へのシャドウイング」が企画されることがある。しかし観察者として参加することと、意思決定の当事者として機能することは、学習の質として根本的に異なる。観察から得られる学習は、行動から得られる学習の代替にならない。
第三の阻害要因は、評価軸と育成目標の乖離だ。 リーダーシップ育成プログラムで「挑戦と失敗から学ぶ」を奨励しながら、実際の評価制度が失敗を記録しキャリアへの影響を与える場合、受講者は「プログラムの文法」と「組織の実際」の矛盾を認識する。行動は実際の評価制度に従うため、育成プログラムの効果は表面的なものにとどまる。
育成設計に残る唯一の可能性
では、次世代リーダーを育成することは原理的に不可能なのか。
完全に不可能とは言えない。ただし、機能する育成設計には一つの条件がある——本物の困難と本物の結果を持つ機会を、意図的に設計すること。
「失敗してもキャリアへの影響を遮断する」という制度的保護を設けた上で、実際の事業判断を若手・中堅に委ねる。失敗したプロジェクトの責任者として報告書を書き、経営層に説明する。チームの解散を自分の言葉で伝える。これらは外部プログラムが提供できない、本物の経験だ。
しかしこの設計は「プログラム」として外注できない。トップマネジメントが機会を手放すことへの意志と、失敗に対する制度的保護の設計が前提になる。育成プログラムへの投資よりも、機会の設計と制度変更への意志が問われる。
次世代リーダーが育たない組織は、プログラムが不十分なのではない。本物の機会を提供することへの組織的な意志が不足しているのだ。
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荒井宏之 a.k.a. ピンキー
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